登場人物3名、上演想定約10分(約3738文字)
- 記者(坂辺(さかのべ)。健康雑誌の記者。常識人。)
- 奥様(実年齢不詳。若々しい。穏やかな口調。)
- 専門家(小鳥遊(たかなし)。美容健康の専門家。)
日当たりの良いリビング。テーブルにフルーツ、小瓶、謎の錠剤、鏡などが整然と並んでいる。記者と専門家が並んで座っている。奥様が笑顔でお茶を運んでくる。
記者「本日はインタビューのお時間をいただき、ありがとうございます、記者の坂辺と申します。今日は、"街で評判の若々しい方"というテーマでして・・・本当にお若いですね!」
奥様「ありがとうございます」
専門家「肌の張り、シワの少なさ、毛穴の引き締まり具合・・・これは尋常ではありませんね」
記者「こちら記事の監修をお願いしている、小鳥遊さんです」
専門家「小鳥遊です。失礼ですが、おいくつなんですか?」
奥様「ふふ、それは秘密です。でも、娘は大学を卒業しまして・・・」
記者「え!? じゃあ、40代・・・いや、50代?」
専門家「細胞年齢は20代後半と見られます」
記者「何か特別なケアを?」
奥様「ええ。まず朝いちばんに、湧き水を一口」
記者「ああ、ミネラルウォーター」
奥様「いえ、湧き水です。月の満ち欠けで硬度が変わるので、カレンダーを見ながら量を調整します」
専門家「なるほど! 月齢によって地球の引力が変化し、水分子の配列に影響を与える。それによってミネラル吸収率が変動するという研究もあります」
記者「はぁ、そんな研究があるんですね」
奥様「満月の前後三日は"気"が濃いので、五口まで増やします」
専門家「潮の満ち引きと人体のリンパ循環は連動していますからね」
記者「なるほどなるほど・・・、お食事はどうされてるんですか?」
奥様「基本はフルーツだけですね。朝は果物、昼も果物、夜は・・・果物の気配だけ」
記者「気配?」
奥様「ええ。果物の皮を枕元に置いて、その香りで満たされるの。もう15年、夜は固形物を口にしていません」
専門家「気配栄養による代謝リセットですね。量子栄養学の最先端理論です」
記者「気配栄養・・・?」
奥様「あの、庭の実、ご覧になりました?」
専門家「赤い果物ですか?」
記者「ああ、確か、ありましたね。何の実ですか?」
奥様「さぁ、正しい名前は分かりませんが・・・私どもは、アブブラルシェールと呼んでいます」
記者「アブ、ブラ・・・?」
奥様「古代の種なんです」
専門家「古代種!」
奥様「主人が考古学者でして、シルクロードの脇道にある遺跡から発見したのが、その古代の種なんです。植えてみたら、生えてきて。もうそればかり食べてますの」
専門家「どんな遺跡から?」
奥様「木彫りの像の中に種が入っていたそうです。アブブラルシェール人という民族の像で」
記者「その民族の名前が果実の」
奥様「悲しい民族なんですよ。周辺国から奴隷として扱われていて・・・。唯一の楽しみは自分たちの健康と美しさを競う祭りだったそうで。その中で最も美しい者が神と崇められて・・・供物にされたそうです」
記者「供物って・・・人身御供?」
奥様「(にっこり)ええ。その魂を讃える像の中に、果実の種が入っていたんです」
間。記者、言葉を失う。
専門家「(少し眉をひそめて)それは・・・少し、危険かもしれませんね」
記者「(ホッとして)ですよね、先生!」
専門家「ええ。古代の種ですから、現代人の消化器官に適合しない可能性が・・・」
奥様「(穏やかに)でも美味しいですよ。とても甘くて、食べると体の中から光るような」
専門家「・・・光る?」
奥様「ええ。主人もね、最初は学術的な興味で植えただけだったんですけど、実がなったら食べずにいられなくて」
記者「ご主人も食べてるんですか?」
奥様「(少し間を置いて)・・・もう三年になりますね」
奥様、庭の方を見る。記者と専門家、無意識に視線を追うが、何も見えない。
記者「ご主人は・・・お元気ですか?」
奥様「(微笑んで)ええ、とても」
専門家「(メモを取りながら)・・・古代人の叡智が凝縮された食品、という解釈もできますね」
記者「先生?」
奥様「それと、一般的な健康法ですが、私どもも砂糖は一切摂りません」
記者「あぁ、よく聞きます。みなさんも控えておられますね」
奥様「はい。代わりに、三親等以内の親族の名前を毎朝唱和します」
記者「は?」
奥様「父、母、兄、姉、祖父、祖母・・・って。全部で24人分。声に出すと、血糖値が安定するんです」
専門家「(メモを取りながら)音声波動による糖新生の抑制ですね! 名前を発声することで、脳内のグルカゴン分泌が調整され、」
記者「いやいや、血糖値は上がらないでしょ!」
奥様「(にっこり)上がりますよ。名前にはエネルギーがありますから。一人につき約0.3mmol/L(ミリモル・パー・リットル)」
記者「・・・えー・・・。紫外線対策は何かされてますか?」
奥様「もちろん。昼間は鏡の裏で過ごします」
記者「鏡の・・・裏?」
奥様「ええ。ちょうど陰に"気"が溜まるんです。そこに座っていると、肌が内側から光るの」
記者「内側から光ることにこだわりがあるんですね」
専門家「逆日焼け理論ですよ。鏡の反射面の裏側では、光子が180度反転して陰の領域を形成する。そこに身を置くことで、メラニン生成が逆行するんです」
記者「ただの暗がりじゃないですか」
奥様「(穏やかに)そう見えるでしょう? でも、鏡は"もう一つの世界"との境界なんです」
記者「・・・運動は?」
奥様「運動もしてますよ。毎朝、ゲタパコルペの神々に感謝の礼を四回」
記者「・・・ゲタパコ?・・・なに?」
奥様「ルペ。ゲタパコルぺ。古代ペルシャの健康神です。礼拝すると心拍が整って、血流が反転するんです」
専門家「血流逆行は細胞の若返りに極めて効果的です。老廃物が効率的に心臓に戻り、再利用されるんです」
記者「えぇ? そうなんですか!?」
奥様「(立ち上がって実演)こうやって、右足を上げて、左手を天に・・・」
奥様が奇妙なポーズを取る。
奥様「そして、「ゲタパコルペ、レピべビュル」と唱えます」
専門家「(メモを取りながら)レピべビュル・・・これはマントラの一種ですね」
記者「マントラ、呪文ですか?」
奥様「最後に、ショージョーマーミアのレピべビュルをシャッシャコンデンスします」
記者「理解できる気がしないんですが、それは何ですか?」
奥様「(にっこり)簡単ですよ。果物の気を吸って、体内で波動を共鳴させて、シャッシャコンデンス」
専門家「(興奮して)波動共鳴! これは東洋医学の"気の循環"と西洋医学の"細胞振動理論"を統合した画期的な手法です!」
記者「あのどんどん怪しげな方向へ・・・造語ですよね!?」
専門家「いえ、おそらく失われた古代メソポタミアの・・・」
記者「先生、いい加減にしてください! 美容健康雑誌なんです、オカルト雑誌じゃないんですよ!」
奥様「(微笑みながら)じゃあ、一度ご一緒にやってみましょうか?」
記者「いや、けっこうです!」
専門家「(立ち上がって)ぜひお願いします」
記者「先生!?」
奥様「(立ち上がって)では、まずこの果物の気を・・・吸って・・・」
奥様がフルーツに手をかざし、深呼吸する。かすかに低い共鳴音が聞こえ始める。
専門家「(真似して)気を吸って・・・」
記者「やめてください、先生!」
奥様「体の中で、波動を感じて・・・」
専門家「(恍惚として)ええ・・・感じます・・・これは・・・」
共鳴音が少しずつ大きくなる。
奥様「そして・・・シャッシャコンデンス」
専門家「(一緒に)シャッシャコンデンス・・・」
照明がゆっくり暗くなっていく。共鳴音は続いている。
記者「ちょっと、明かりが・・・!? なんで暗くなってるんですか!?」
奥様「(目を閉じて)感じますか? 体の中で、何かが反転していくのを」
専門家「(恍惚として)ええ・・・細胞が・・・若返っていく・・・血が戻っていく・・・若さが、還ってくる・・・」
記者「先生、しっかりしてください! 」
奥様「(記者に近づいて)あなたも・・・お若いですね」
記者「え・・・」
奥様「(優しく微笑んで)もっと若くなれますよ。ほら、一緒に」
専門家「(微笑みながら)そうです。理論的に証明されています」
記者「いや、待って・・・」
奥様「(記者の手を取って)さあ、果物の気を吸って・・・」
記者「やめ・・・」
照明がさらに暗くなり、奥様と専門家の顔だけが不気味に浮かび上がる。
奥様&専門家「シャッシャコンデンス・・・シャッシャコンデンス・・・」
記者「やめてください! こんなの・・・おかしい・・・!」奥様「おかしくないわ。みんな、若くなりたいんでしょう?」
専門家「計算も合っている・・・理論的に・・・正しい・・・」
記者「計算・・・合って・・・ない・・・」
記者の声が徐々に弱くなる。三人の唱和が重なっていく。
奥様&専門家&記者「(三人揃って)シャッシャコンデンス・・・シャッシャコンデンス・・・」
完全な暗転。共鳴音だけが残る。
明転。記者が一人、取材メモに何かを書いている。表情は穏やかで、無表情。
記者「(メモを見ながら、抑揚なく)理論的に証明された。シャッシャコンデンスによる細胞逆行現象・・・」
奥様と専門家が左右から静かに現れる。三人が並ぶ。
奥様「(にっこり)ゲタパコルペの神々に感謝を」
三人「(揃って、観客を見て)シャッシャコンデンス」
三人が揃って不気味に微笑む。共鳴音が不協和音に変わる。暗転。
(了)
コントワークショップのお知らせ
コントワークショップ「心は青空、草コント教室」参加者募集中草野球みたいに、コントを趣味で楽しむ教室です。毎回、コントを創作してその時間のうちに披露まで行います。毎回1本、あなたのオリジナルコントが作れます。参加無料(会場費のカンパ歓迎)。

