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「みなさま、欲しがるものですから」
訪問販売と称して男が訪れた。
椅子を売っているという。
淑女と男の会話劇。
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登場人物
営業
主婦
○一軒家の玄関
閑静な住宅街。
平成に建てられた木造住宅の玄関にて、営業から訪問販売を受ける主婦。
営業は、パンフレットを広げている。
主婦「はぁ、え?」
営業「ロックスケベ椅子ですね」
主婦「えぇ、それが、なにか」
営業「買いませんか?」
主婦「買いません」
営業「えぇ?」
主婦「えぇ?」
営業「買いませんか?」
主婦「買いませんよ」
営業「何故?」
主婦「何故?わたしが買うと?」
営業「みなさん、欲しがるのですが」
主婦「みなさん、買われるんですの?」
営業「えぇ、買いますね、買い増しされますね」
主婦「その、それ、を」
営業「えぇ、ロックスケベ椅子を」
主婦「なんですか?椅子?」
営業「えぇ、それに加えて、ロックでスケベですね」
主婦「ロックでスケベは必要なのかしら」
営業「必要ですね」
主婦「仮に必要だとして、ロックとは?」
営業「ロック、ご存知ない?」
主婦「固定の?」
営業「音楽の」
主婦「音楽のロック?」
営業「生き様ですかね」
主婦「生き様」
営業「ロックな生き様のスケベ椅子です」
主婦「ロックな生き様のスケベ椅子ですか」
営業「あ、椅子はご存知ですか?」
主婦「えぇ、椅子なら」
営業「それがロックな生き様でして」
主婦「えぇ」
営業「さらにスケベな生き様になっている椅子ですね」
主婦「あの、ロックな生き様なんでしょうか?そのスケベな生き様なんでしょうか?」
営業「ロックとスケベの融合ですね」
主婦「融合」
営業「セックスドラッグロックンロールですね」
主婦「聞いたことはあります」
営業「セックス椅子ロックンロールです」
主婦「せっくす、いす、ろっくんろーる?ドラッグは?」
営業「クスリはダメですね」
主婦「はい」
営業「ロックスケベ椅子 isセックスドラッグロックンロール」
主婦「クスリはダメなんですよね?」
営業「では、お買い上げで」
主婦「何故?」
営業「え?何故?」
主婦「買う雰囲気でした?いま、わたくし?」
営業「えぇ」
主婦「ぇぇえ?」
営業「え?」
主婦「えぇ」
営業「ロックスケベ椅子、買わないんですか?」
主婦「買いません、いりません」
営業「あぁ、すでにお持ちでしたら、買い増し、というのもね」
主婦「買いません、買い増ししません、一個も持ってません。とにかく、買いません」
営業「いらないとおっしゃる」
主婦「えぇ、そう申し上げております」
営業「わかりました」
主婦「あぁ、よかった、わかっていただけて」
営業「では、初心者用のスケベ椅子を」
主婦「もう帰ってください。警察呼びますよ?」
営業「今ならひとつ買うと、もうひとつ付いてきます」
主婦「えぇ、お得でしょうよ、それはお得なのでしょう。欲しい人ならば」
営業「そうです、みなさん欲しがる」
主婦「わたくしは、みなさんとは違うようです。欲しくない。欲しくはないのです。だから買いません、何も。あなたからは何も買いません」
営業「そうですか、残念だなぁ。では、また」
主婦「もう2度といらっしゃらないでくださいね」
営業「はい、本日はお忙しいところ、お時間いただきまして、誠にありがとうございます」
と、セールスマンは玄関から出て行く。
去ったことを確かめようと、主婦もその後ろ姿を追いかける。
すると、謎の音と光が主婦を包み込む。
○エンドロール。
主婦、玄関に残されたパンフレット拾い上げる。
電話を掛ける。
主婦「(電話にでて)あの、ロックスケベ椅子、ひとつ欲しいのですが」
終わり