モノローグ:僕にとって人生はいつも希望通りだった。順風満帆。第一志望の大学に合格し、在学中にサークルのヒロインとデートをして、就職活動をすれば一流の会社に内定をもらう。自慢話はうんざりだって?まぁ、聞いてほしい。これは、そういった”質素な人生”を歩む僕が、ちょっとだけ足を踏み外した時の話だ。
ビルの屋上。
革靴を手に、縁に立つ男。
背広がビル風にはためいている。
遠くから、自動車の走る音。
時刻は午後5時。遠くの太陽がまだ沈む気配を見せない夏の午後。
男が無言のまま、ポケットから封筒を取り出して、屋上の地面に置く。
飛ばないように革靴で封筒を抑える。
アロハシャツの男が、タバコを手に屋上に現れる。
背広の男が封筒を飛ばされないよう
革靴の位置を調整しているのを眺める。
背広の男は、アロハシャツの男に気づくと、封筒をしまい、革靴を履く。
アロハシャツ:あ、どうぞ続けて。一本、いや二本吸ったら降りますんで。背広:いえ。
アロハシャツ:今日はね、風が強いから、ちょっと紙的なものはね、飛んじゃう、飛んじゃうって言っちゃだめか、なんだ、吹かれちゃうからね。
背広:いえ、いいんです。
アロハシャツ:あ、はい。どうも。
背広の男が歩きだし、入り口で止まる。
背広:あの、今見たことは、できれば、誰にも…。
アロハシャツ:えぇ、えぇ、はいはい、大丈夫、大丈夫です。
背広:できれば、忘れて欲しいです。
アロハシャツ:ええ、大丈夫です、わすれます。
背広:…。
アロハシャツの男がライターの火をつける。風が強くて火がつかない。
背広:風が、強い、ですからね。
アロハシャツ:そう、ん、で、すね。
ライターの火はつかない。
背広:喫煙所なくなっちゃいましたからね。
アロハシャツ:え?あぁ、そうそう。ね、だから。
背広:…。
アロハシャツ:あの、ちょっと…(と手招き)。
背広:はい。
背広の男が風をよける壁になってやり、
アロハシャツの男は無事にライターの火をつけることができた。
アロハシャツ:はは、どうも。
背広:いえ、どうも。
アロハシャツの男が一息吸うと、煙が風に飛ばされる。
アロハシャツ:ここもね、禁煙なんだけどね。
背広:えぇ、立ち入り禁止ですから。
アロハシャツ:だから誰も来ないからね。
背広:えぇ、誰も来ないはずなのに。
アロハシャツ:来ちゃいました。
背広:来ちゃいましたね。
アロハシャツ:…どうですか?
アロハシャツの男、タバコを差し出す。
背広:あ、すいません。
アロハシャツ:あ、吸わない。
背広:あ、吸います。普段は吸わないんですが、すいません、吸います。
アロハシャツ:え?ん?
背広:…やっぱりいいです。
背広の男が立ち去ろうとする。
アロハシャツ:あ、なんか二回も邪魔しちゃった形になっちゃって、すいません。
背広:いえ、こちらこそすいません。
アロハシャツ:なんか、こういう状況って、ドラマならなんかお互いの事情とか話したりするんでしょうけど。
背広:いえ、いえ、忘れてください。
アロハシャツ:大丈夫、大丈夫です。吸ったら降りますんで。そしたら忘れてますから。
背広:では。
アロハシャツ:あ、はい。
背広の男がいなくなる。
上空から巨大なUFOが降りてきて、ビルのギリギリのところで停止する。
ビルの屋上が影に包まれる。
アロハシャツの男は、UFOに手を振り、合図を送る。
UFOから箱のような何かがゆっくりと降りてくる。
風に揺られて、その何かの箱は右へ左へと揺れている。
アロハシャツの男は、箱に合わせて動き、
ついに屋上の縁にたどり着く。
背広の男がいつのまにか入り口に立っている。
背広:あの、やっぱり1本もらっていいですか?え?
背広の男がUFOを確認する。
アロハシャツ:え?あっ…。
アロハシャツの男が足をすべらせ、ビルから落ちる。
背広:あ…。
アロハシャツの男がいた場所には、何かの箱と、
ライターが一個落ちている。
背広の男は、縁に近づき、下を見る。
下の方では人が集まっている様子、
その中心にあるものに目をこらしている。
背広:やっちゃった〜。
背広の男がライターを拾う。
UFOが何かの箱を残して去っていく。
背広の男は、UFOと箱を交互に見る。
縁から下を除き、下の状況を確認する。
背広:どこの人だったんだろう。
ポケットから封筒を取り出して、封筒から便箋を取り出す。
背広:使い回せるかな。
何度か便箋を見ている。
背広:消せば…。
便箋の名前の部分をちぎり、
もともとそういう状態だったかのように
便箋を整え封筒に戻し、箱の下に封筒を収める。
背広:あれ…。
UFOが飛んでいった方向を見ている。そして箱に目を移す。
背広:ここでなにか、受け取るつもりで。
背広の男、縁から下を見て、箱を見る。
屋上から出ていこうとするが、箱が気になり戻ってくる。
長い無言の間。
箱を見つめ、開けようと動き出す。
なかなか開け口が見つからないため、しばらく奮闘している。
ようやく箱が開く。 箱からタバコがたくさん出てくる。
背広の男はポケットからライターを取り出し、タバコを吸い始める。
モノローグ:っていうことがありまして、僕はその時、別のビルでその一部始終を見ていたのだけど、人が屋上から落ちる瞬間にビックリして、踊り場の階段を踏み外してしまったんです。
・・・いや、UFOにもビックリしましたけどね。それよりも、この話の教訓は、タバコは体に悪いからやめたほうが良い、ってことです。だからUFOがタバコを積んで持ってきたのは、人間にタバコを輸入してたんじゃないかってことで、え?長い?興ざめ?でも、そうでも理由つけないと、いつまでも落ち着かなくって、希望通りの生き方でなくなってしまうから。
(終わり)