コント『彼女手作りのシンセサイザー』作:第三字宙 約10分(約3900文字)
登場人物:
彼氏:ミュージシャン志望の男
彼女:彼氏のために手作りのシンセサイザーを作った
シンセ:彼女の元ストーカーでシンセサイザーにされた男
暗い部屋に、彼女に目隠しをされて、彼氏がやってくる。
彼氏「なになに? 卒業祝いくれるって?」
彼女「ふふふ、おたのしみ、絶対喜ぶよ!」
彼氏「えー、なにー?」
彼女「じゃーん」
部屋が明るくなり、シンセサイザーにされた人がいるのが見える。
彼氏「(絶句)・・・ほんとに何?」
彼女「ほら、ゆーくん、ミュージシャンになりたいって言ってたじゃない?」
彼氏「うん・・・え? で? この人は?」
彼女「だから、シンセサイザーをプレゼント!」
彼氏「えこれ、シンセ?」
彼女「奮発して、開発しちゃった」
彼氏「開発? 開発って」
シンセ「・・・して・・・ころ、して・・・」
彼氏「いまなんか、言って」
彼女「みて、ここ押すと音が鳴るの」
彼氏「押さなくても音が鳴りそうだけど」
と、彼女が、シンセを押すと
シンセ「う!」
彼氏「絶対シンセサイザーの音じゃないよね?」
彼女「16和音同時に鳴るの」
彼氏「もっといろんな嫌な音が出そうだけれど」
シンセ「おねがい、ころ、して・・・」
彼氏「大丈夫これ・・・これ、人?」
彼女「シンセ! ほら、あたし、ストーカーに困ってるって言ったじゃん?」
彼氏「うん・・・」
彼女「ゆーくん、ミュージシャンになるじゃん、シンセ欲しいって言ってたじゃん?」
彼氏「うん・・・」
彼女「それでさ、あ! って思って、ストーカーをシンセサイザーにしたら、一石二鳥じゃんって」
彼氏「一石二鳥って・・・なんか大きな石で、鳥を絶滅させるような、そんな感じがする。抱えなくていい問題が増えてるような気がする」
彼女「詩的ー! もう歌詞ができたね!」
彼氏「ちがうと思うんだけど」
シンセ「して・・・」
彼氏「また、なんか言ってる」
シンセ「鳴ら、して」
彼女「シンセも曲作れって言ってるよ!」
彼氏「これで、曲を?」
彼女「ほらほら!」
と、彼女が彼氏をひっぱってシンセサイザーに近づけ、無理やり触らせる。
シンセ「ううぅぅ・・・」
彼氏「だめだよ、これシンセサイザーじゃないよ」
シンセ「うーうぅーぅぅうー 大きな石で鳥を絶滅させる そんな感じ 抱えなくていい問題増えてる そんな感じ 鳥は恐竜の子孫 隕石から逃れた鳥 それが僕ら そんな感じ」
彼女「すごーい! もう曲できたー!」
彼氏「たしかに・・・」
彼女「ね、これでいっぱい素敵な曲を作って、絶対ミュージシャンになってね!」
彼氏「すごいけど。歌詞も追加されて、メロディもできてて、ほとんど歌になってって・・・」
彼女「うれしい?」
彼氏「・・・うれしくない」
彼女「え? どうして?」
彼氏「だって、これは、このシンセサイザーが、ってか、この人が考えたんでしょ? 俺の音楽じゃないよ」
彼女「え、なんでなんで、だって、ゆーくんが考えた歌詞だよ」
彼氏「最初はそうかもしれないけど、変わってたし、追加されてたし、メロディーは俺何もいれてないし、これは、この人の音楽だよ、いらないよ、こんなの!」
彼女が、シンセサイザーをグっと押す。
シンセ「うっ!」
彼女「”この人”じゃないでしょシンセサイザーでしょ?」
シンセ「して・・・」
彼氏「え?」
シンセ「して・・・謝罪して・・・」
彼氏「あ、はい・・・、すいませんでした」
彼女「ふー・・・なんかこの部屋暑いし臭い」
彼氏「どれだけ閉じ込めてたの」
彼女「外の空気吸ってくるね」
と、彼女が出ていく。
彼氏「・・・あの、大丈夫ですか?」
シンセ、無言。
彼氏「あの、」
と、軽くシンセに触る。
シンセ「うぅ」
彼氏「あ、ごめんなさい」
シンセ「して・・・」
彼氏「え?」
シンセ「外、して・・・」
彼氏「あ、あはい!」
と、シンセからケーブルなど拘束しているものを外してあげる。
シンセ「はあ、ありがとう」
彼氏「大丈夫ですか? 動けます? 戻ってくる前に逃げたほうが」
シンセ「わたし、音楽教室やってるんです」
彼氏「はぁ」
シンセ「ほら、町中に看板貼ってる」
彼氏「あの、マンドリン教室?」
シンセ「はい、そうです」
彼氏「あれ、あなただったんですか?」
シンセ「そこにあの子が来て、マンドリンを習いに。正直、筋はあまりよくなかったんですが、でも、とてもピュアで、ギターを鳴らすたびに『わー、きれーな、おとー!』って」
彼氏「えぇ」
シンセ「忘れてたんですよ、音楽、音を楽しんで喜ぶ感覚。それで、わたし、あの子に惹かれてしまって」
彼氏「それから、ストーカーに」
シンセ「誤解です。入会書に書いてあった住所、教室の最寄駅、バス停、それらから導き出した行動パターンを考察し、正しいか確認しただけなんです」
彼氏「なぜ行動パターンを確認する必要が?」
シンセ「行動パターンもコード進行も、展開を読まなきゃダメなんです」
彼氏「・・・なんの話ですか?」
シンセ「音楽を純粋に愛するあの子は私にとってミューズなのです」
彼氏「それで、ストーカーに?」
シンセ「はい」
彼氏「あ、認めるんですね」
シンセ「しかし、こうしてわたしは楽器にされてしまった。シンセサイザーに。」
彼氏「大丈夫ですよ、怖かったですよね。ストーカーも怖いですが、人間をシンセサイザーにするあの子のほうがもっと怖い。ほら、早く逃げて、もう自由です。そして、もうあの子には近づかないで」
シンセ「はい・・・」
と、フラフラと立ち上がって逃げようとするシンセサイザー。しかし、立ち止まり。
彼氏「どうしました?」
シンセ「ダメだ」
彼氏「出口まで支えましょうか?」
シンセ「この部屋から出ようとすると、足が震えて」
彼氏「そんなに」
シンセ「ここから出ても、わたしは、きっと、また、あの子をストーキングするでしょう」
彼氏「なぜ。こんな怖いめにあったのに、なぜ」
シンセ「恐ろしさもありますが、それと同時に満たされる気持ちにもなったのです」
彼氏「満たされる?」
シンセ「だって、あの子が、ずっと、私だけを見ていてくれたのですよ?」
彼氏「シンセサイザーに開発されてましたからね」
シンセ「恥ずかしながら、もうこの先の人生であんなに人に構われることはないでしょう。そして、ここを出たら、わたしは、また、マンドリン教室の講師に逆戻りだ。あの、音楽を教える商売に、ビジネスに」
彼氏「素敵なことじゃないですか! 音楽を楽しむ人たちと触れ合える!」
シンセ「生徒さんは、わたしではなく、演奏が上手くなる自分にしか関心がありません。わたしは、わたしに構ってくれる人がいないとダメになってしまったんです」
彼氏「・・・遠くない未来を案じて身につまされます」
シンセ「わたしは楽器になりたい」
彼氏「え?」
シンセ「楽器になって、あの子に触れられて、音を吐き出したい」
彼氏「どハマりじゃないですか」
シンセ「戻ります、楽器に」
彼氏「あの、シンセに戻っても、もう、誰も触りませんよ?」
シンセ「!? どうしてです?」
彼氏「気持ち悪いからです。触ると『うぅっ』て言うし、勝手に曲作るし。あの一応、僕へのプレゼントってことになってるんで、僕の楽器になるんですが、僕はもう、あなたを使いたくないし、僕が使わないとしたら、あの子が触るとは思えないんですよね」
シンセ「そんな・・・、せめてハードオフに」
彼氏「買取しませんよ、有機物は。ハードじゃないし、いや、別の意味でハードですが、いやそうじゃない、意味が違う。ん? え? わかりますよね?」
シンセ「そんな」
彼氏「ね? だから、逃げてください」
シンセ「ひ!」
彼氏「どうしました?」
いつのまにか、彼女がいる。
彼女「なんで歩いてるの?」
シンセ「ひぃ」
彼女「戻りなさい」
シンセ「ひひぃ」
と、シンセは定位置に戻る。
彼女「ゆーくん、どういうこと?」
彼氏「いや、あの・・・」
シンセ「して・・・」
彼氏「何?」
シンセ「誤魔化、して・・・」
彼氏「あのー、気に入ったよ! ありがとう! 家に持って帰ろうかと思って」
彼女「ゆーくん、持っていくなら、電源バッテリーも必要だよ」
と、彼女が、小型の給油ポリタンクを取り出す。
彼氏「なにこれ、」
彼女「バッテリー。この中の液体を飲ませると、活動時間が伸びるの」
と、彼女がシンセにポリタンクをセットして飲ませる。
シンセ「んんっ! んんっ!!」
彼氏「石油?」
彼女「ロボビタンA」
彼氏「・・・アラレちゃんかよ」
彼女「うそうそ。ほんとは、わたしの咀嚼物」
彼氏「咀嚼物って、君の噛み砕いた食べ物? うええええええ?」
彼女「これじゃないと、食事しなくなっちゃって・・・ゆーくんちに毎日持っていくからね」
彼氏「どうしてこんなことに」
彼女「そうよね、一緒に住めたらいいんだけど、まだ、お互いに実家暮らしだから」
彼氏「大丈夫ですか、あなた、そんなもので・・・」
シンセ「ぷふぅーっっ! げぇーっぷ、失礼。・・・大変美味しゅういただきました」
彼氏「winwinなんだ・・・」
彼女「持って帰るんなら、明日の分も持って行って、それから、散歩は1日3回、トイレはこの黄色のケーブルを使って取り出して、散歩の時でもいいけど、今、わんちゃんのおしっこうんちも持って帰るから、トイレで済ませたほうがいいと思う、それで──」
彼氏「うわぁぁぁぁぁああああああっっっ!」
と、彼氏が走り出して逃げていく。
彼女「ちょ、ちょっとゆーくん! どうしたの?」
と、彼女が追いかける。残されたシンセ。
シンセ「これが、のちにグラミー賞を取る天才プロデューサー・Uと、彼の愛機:ストーキングシンセ牧田の出会いです。そんな未来を、彼らはまだ、この時知る由もありませんでした。」
(了)
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このコントの創作のメモ
お題「3月」
場面設定:カップルのプレゼント
人物:ミュージシャンを目指す彼氏に惚れ込んだ彼女、ミュージシャンを目指す彼氏、シンセサイザーにされた人
下書き
恋人あるある:痴話喧嘩、ストーカー、男の影、彼氏の夢を応援、
ミュージシャンあるある:ヒモ、じぶんの才能に悩む、曲作り、楽器は高い、いつかビッグになる
シンセあるある:大きい、サンプリング機能、ピアノ型、和音、キーボード、
3月あるある:卒業、社会人、夢に向かって選択、別れ、
起
彼女が彼氏にシンセサイザーをプレゼントする。シンセサイザーは彼女が悩まされいたストーカーを改造したものだった。
承
彼氏がいやいやシンセサイザーを鳴らしてみると、ほぼ自動的にシンセサイザーが歌い出す。ほとんどなにもしていない彼氏。勝手に曲と歌詞を作り出すシンセサイザー
転
勝手に曲を作るので便利ではあるけれど、これは俺の音楽ではないかな。というか、音楽ではないかな、と彼氏が嫌がる。彼女傷ついて、メンヘラモードになって彼氏を襲う、その時。
結
シンセサイザーが思い出の曲を奏でて、彼女の機嫌を宥める。助けられた彼氏、彼女と別れようと切り出せずにいるが、シンセサイザーが2人のかすがいとなり、のちに、彼氏は世界的な音楽プロデューサーとなることをこの時まだ、誰も知らなかった。