コント『おい、そこの少年』作:第三字宙 約6分(約2500文字)
登場人物
中年男(40代後半、やや猫背、疲れた目。話し方は丁寧だが諦観が滲む)
女性(30代前半、髪は乱れ、服装もややだらしない。口調は軽くシニカル)
神社の境内。石段、鳥居が見える。朝の薄暗い光。薄暗い朝の境内。石段の脇に中年男が座り込み、項垂れている。鳥の声、遠くの風。静けさ。
女性の声「おい!そこの少年!」
鳥の声、ピタリと止まる。中年、顔を上げる。きょろきょろと周囲を見回す。
中年「・・・誰?」
女性、鳥居の陰からふらふらと現れる。
女性「あんただよ、あんた」
中年「あの・・・なんでしょう? 神社の関係者の方ですか?」
女性「関係者? 違う。(石段に腰を下ろす) 神社の裏で寝てただけ」
中年「・・・神社で寝てた。・・・バチ当たりですね」
女性「(頭を抱える)うぅ・・・さっそくバチか・・・」
中年「えぁ? ほんとに?」
女性「二日酔いがひでぇ・・・」
中年「・・・・・・それは、お気の毒に」
女性「あんたは・・・神様待ち?」
中年「・・・・・・いや、朝食待ちです」
女性「は?」
中年「朝食を・・・買いに行ったんです。コンビニに」
女性「で?」
中年「・・・恐ろしい事が目の前に繰り広げられまして」
女性「なんだ? 強盗か!?」
中年「・・・・・・おにぎり棚・・・全部、新作だったんです」
間。
女性「・・・は?」
中年「全部の具に“革命”と名付けてありました」
女性「革命・・・それだけ?」
中年「ルーティンをひっくり返され、どれを選べばいいのか・・・わからなくなって」
女性「(呆れて)・・・あんた、大丈夫?」
中年「それで、ここで・・・少し休もうかと」
間。女性、バッグをごそごそ、コンビニ袋からチューハイの缶を取り出す。
女性「これあげる」
中年「え、いや・・・朝からお酒は・・・」
女性「いいからいいから。迎え酒ってやつ」
中年「迎え・・・いや、僕、酔ってないんで」
女性「じゃあ元気を出せ。(缶を何本も押し付ける)」
中年「あ、いや、こんなに、何本持ってるんですか!?」
中年、缶を受け取り、膝に置く。
中年「あの・・・さっき、”おい、そこの少年”て・・・。僕、少年に見えました?」
女性「全然」
中年「あぁ、じゃあ”おい、そこの中年”ですね」
女性「いいんだよ、そこは、”おい、そこの少年”で」
中年「・・・ドキドキしました」
女性「不整脈?」
中年「いえ・・・物語がはじまるなって。いや、始まってほしいなって」
間。
女性「実は私、異世界の女神で、あんたを救いに来た」
中年「今更・・・異世界に行っても、何もできる気がしません」
女性「おー、深いねぇ」
女性、石段に寝転がる。
女性「・・・二日酔い、マジでしんどい。ねぇ、話聞いててやるから、何があったか言ってみ」
中年「・・・話、ですか」
女性「うん」
無音に。風も鳥も消える。
中年「(ゆっくりと)・・・僕はですね、かつて・・・剣を振るっていたんです」
女性「剣道?」
中年「いえ・・・魔物を、倒すための」
間。
女性「(目を開ける)・・・ほぅ」
中年「炎の魔獣、氷の巨人・・・数えきれないほどの敵と戦い、世界を・・・救いました」
女性「(起き上がる)ちょっと待って。あんたは、なんなの?」
中年「僕は・・・勇者、だったんです」
女性「勇者・・・マジで?」
中年「(頷く)異世界で。召喚されて」
テンポアップ。以下、畳みかけるように。
女性「(身を乗り出す)マジで!? 異世界!? どんな感じ!?」
中年「空は・・・紫色で、月が三つ。魔法陣が街の至る所に」
女性「魔法使えたの!? 何系!?」
中年「えっと・・・光魔法と、少し」
女性「仲間は!? エルフとか!?」
中年「ええ・・・エルフの弓使いと、」
女性「ドワーフは!? 魔法少女は!?」
中年「ドワーフの戦士はいましたが・・・魔法少女は、いませんでした」
女性「そりゃダメだ、人気出ないよ」
中年「・・・そうですか」
女性「で、姫は? ヒロインは?」
中年「王女が・・・一人」
女性「王女は何人もいちゃダメだ! 恋愛フラグ立った?」
中年「・・・立ちませんでした」
女性「え〜・・・」
間。
女性「・・・それで、なんで今、こんなとこに」
中年「(俯く)・・・帰還したんです。使命を果たして。でも・・・」
女性「でも?」
中年「この世界には・・・僕の居場所が、なくて」
長い間。
女性「・・・そっか」
間。女性、中年を見つめる。
女性「・・・で、その異世界の話、どこまで書いたの?」
中年「・・・え?」
女性「だって、ライトノベルでしょ?」
間。
中年「・・・・・・タイトルだけです」
女性「タイトルだけ!?」
中年「まだ・・・一行も、書けてません」
女性「(笑い出す)なんだよそれ! タイトルだけって!」
中年「すみません・・・作家志望、なんです」
女性「で、タイトルは?」
中年「・・・”異世界帰還勇者の朝ごはん問題”」
女性「地味だな!」
中年「・・・でも、そうしたいんです。派手な冒険のあとに、朝ごはんで悩む。それが、僕なんです」
女性「・・・そうか」
中年「はい・・・(笑)」
女性「いや、面白かったよ!」
中年「・・・そうですか」
女性「てか、その設定いいじゃん。「帰還した勇者の憂鬱」みたいな。地味なタイトルも逆にアリかも」
中年「・・・本当に?」
女性「・・・なんか、久々に面白い話聞いた気がしてさ。ちょっと見てみたくなった」
女性、立ち上がり。
女性「本屋行ってくるわ」
中年「本屋・・・?」
女性「ラノベコーナー。どんなもんか見てみたくなった」
中年「・・・そうですか」
女性「(歩き出しながら)あんた、ちゃんと書けよ!」
中年「・・・はい」
女性、手を振りながら去っていく。中年、一人残される。間。中年が空を見上げた瞬間、柔らかな朝日が境内に差し込む。遠くから街の生活音がゆっくりと立ち上がる。車の音、人の声。中年、歩き出す。
中年「・・・主人公の名前は、やはり「アルト」がいいか・・・いや、「レイン」の方が・・・魔法体系は六属性。いや、七にしてもいいか。風と雷を分けて、固有スキルは・・・」
少し歩いて、立ち止まる。
中年「・・・いや、朝ごはん、買わなきゃ」
再び歩き出す。朝の光が満ちていく。街の音が日常のボリュームに。中年、ゆっくりと去っていく。
暗転。
(了)
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