コント台本『ゾンビの概念がない世界の親切な人たち』作:第三字宙

コント台本『ゾンビの概念がない世界の親切な人たち』作:第三字宙

2025-11-08

登場人物3名、上演想定約10分(約3833文字)

登場人物:

  1. 学者(細菌学者。在宅勤務中。科学的好奇心が倫理を上回る)
  2. 同居人(心優しく世話焼き。善意が常識を超越している)
  3. 病人(実はゾンビ。わずかな理性が残っている)

シンプルなリビング。机にはノートパソコン。学者が画面を見つめながらキーボードを叩いている。

学者「・・・歩きながら腐る病。最近ニュースでよく聞くな。見た目は怖いが、本人は苦痛を感じないらしい。倒れてる人を見たら、優しく抱き起こすのがマナーらしい」

玄関のドアが開く音。

同居人「ただいまー!」
学者「おかえり」

同居人が入ってくる。後ろに病人(ゾンビ)がふらふらとついてくる。服はボロボロ、歩き方がぎこちない。

学者「・・・その方は?」
同居人「そこの道で倒れてて。あの、最近流行ってる歩く病気の人かも。体調悪そうだったから、休ませてあげようと思って」
病人「ウウウ・・・アアア・・・」
同居人「この人、きっと疲れてるのよ」
学者「筋肉の損耗具合から見て、たぶん疲れてるね」
同居人「そういう疲れじゃないの!」
病人「ウガ・・・アガ・・・」
学者「(鼻をつまみながら)これは・・・興味深い。強烈な腐敗臭。皮膚の壊死も進行中だ。まさに論文で読んだ症例だ」
同居人「気のでしょう? 服もボロボロだし。きっと何日も放置されていたのね」
学者「腐敗レベルで言えば、発酵に近い。・・・この香り、なんだか懐かしいな」
同居人「どんな育ち方したの」

学者と同居人が病人を椅子に案内する。病人が突然、学者の腕に噛みつこうとする。

同居人「あっ、危ない!」

同居人が合気道の技で軽やかに病人の動きをかわし、やさしく椅子に導く。

同居人「ダメですよー。無理しちゃ。意識が朦朧としてるのね」
学者「これも症状の一つだ。人懐っこいというか、接触欲求が制御できないんだろう」
同居人「きっと苦しくて、つい・・・ね?大丈夫よ」

病人を優しく撫でる同居人。病人は「ガアア・・・」と唸る。

同居人「そうだ、温かいスープを作るわ。栄養補給しないと」
学者「それはいい。少し睡眠薬を入れさせてもらってもいいかな」
同居人「睡眠薬?」
学者「鎮静効果を観察したい。この興奮状態が薬理学的に抑制可能かどうか・・・いや、もちろん安静のためでもあるよ。ごく少量だから安全だ」
同居人「砂糖も入れていい?」
学者「薬効に影響するが・・・まあ、観察目的としてはアリだね」
同居人「観察って・・・まあいいわ。この人のためだもんね」

キッチンで、学者が慎重に薬を測り、スープに混ぜる。メモを取っている。

同居人「はい、どうぞ。これを飲んでゆっくり休んでね」

病人がスープを一気に飲み干す。

学者「(メモを取りながら)腐敗抑制は見られない。ただしスープの香りに対して瞳孔が反応。好物かもしれない」
同居人「じゃあ次、味噌汁にしてみようか」
学者「サンプル比較の観点では悪くない」

病人、しばらくすると、動きが鈍くなり、椅子に倒れ込む。

学者「苦しまず眠れる薬。人間には幸福な形かもしれない」
同居人「・・・でも、眠るだけじゃかわいそう。起きて笑ってほしいわ」

その間に病人の唸り。同居人と学者が視線を向ける。

同居人「笑ってるように見えない?」
学者「笑気ガスが効いてるわけじゃないよ」
同居人「そういう笑いじゃないの」
学者「・・・笑う、ね。(メモしながら)投与即時の効果発現。予想より早い・・・」
同居人「よかった!じゃあ次は、お風呂に入れてあげましょう」
学者「今から?」
同居人「このままじゃ可哀想。第一、匂いも気になるし」
学者「それは確かに・・・衛生上の問題もある。サンプル採取もしたいし」
同居人「サンプル?」
学者「いや、何でもない。お風呂だね。皮膚の腐敗進度を測りたい」
同居人「じゃあ、泡立てネット、持ってくる!」

二人で病人を運ぶ。学者が戻ってきて、リビングでメモを取っている。同居人が病人の風呂と着替えの世話をしている。

同居人の声「ねえ、今日は研究で何かあった?」
学者「ああ、今日の学会で発表があってね。新型病原体の報告だ」
同居人の声「どんな病気?」
学者「脳の前頭葉を選択的に破壊して、痛覚と理性を失わせる。身体機能は維持されるから、限界を超えた力を発揮できるらしい」

同居人が顔を出す。

同居人「それって・・・まるで・・・」
学者「まるで火事場のバカ力が常態化した状態だね。理想的な痛覚管理システムとも言える」
同居人「脳が壊れてるなんてかわいそう。じゃあ心で考えるしかないわね」
学者「心で考えるかどうかは別として、興味深い研究対象ではある」
同居人「痛みを感じないって、ある意味幸せかもしれない。運ぶの手伝ってくれる?」
学者「ああ」

二人で着替えた病人をリビングに運び、座らせる。

同居人「ね、少し綺麗になったでしょ」
学者「表皮の腐敗進行は止まっていないけど、美的には改善した」
同居人「それも“生きる力”って言うのよ」

病人が目を覚ます。学者と同居人が心配そうに見守る。

同居人「あ、起きた。気分はどう?」
病人「ウウ・・・ガア・・・」
学者「(観察しながら)意識レベルは依然として低い。このままでは研究も・・・いや、治療も進まない。専門機関に連絡すべきだ」
同居人「役所の福祉課にも相談しないと。この人、これからどうしたらいいだろう」
学者「しかし、なぜそこまで? 道で倒れていた人なら、警察に任せればいい話じゃないか」
同居人「だって・・・」

同居人が病人のポケットから取り出したIDカードを見せる。

同居人「この人のIDカード、洗濯する時に見つけたの。ほら、生年月日・・・」
学者「ん?・・・ああ、今日!?」
同居人「今日がこの人の誕生日なのよ」
学者「・・・僕も昔、誰かに祝われた気がするな。あれは・・・学会での受賞祝いか」
同居人「それ違う」
学者「それで、年齢の統計は?」
同居人「お祝いの話してるの! こんな状態でも誕生日になにもないなんて悲しすぎるでしょ」
学者「誕生日が進行抑制に寄与するデータはまだなくて」
同居人「そういうことじゃないの!」
病人「ウウ・・・」
同居人「あは、気遣わせちゃったね」
学者「(少し考えて)・・・分かった。確かに、人間的な刺激が脳に与える影響を観察するのも・・・いや、君の気持ちも理解できる。やろう」
同居人「本当?」
学者「ああ。科学的興味と人間的配慮、両立できないことはない」

暗転。明転すると、テーブルにピンクのゼリーで作られたケーキらしきものと、簡単な料理が並んでいる。

同居人「ケーキがないからゼリーで代用! 見た目はそれっぽいでしょ」
学者「ろうそくも用意した。火を使うことで視覚的刺激も与えられる」
同居人「そういう見方はやめて」

三人がテーブルを囲む。病人は相変わらず「ウウ・・・」と唸っているが、少し落ち着いているように見える。

同居人&学者「ハッピーバースデー トゥー ユー♪」

病人が何かに反応するように、動きを止める。

同居人「はい、ろうそく消して」

学者が病人の手を取り、一緒にろうそくを吹き消す。

学者「・・・おめでとう」
同居人「おめでとう」

病人が一点を見つめて動かない。目から一筋の液体が流れるかもしれない。

学者「涙腺反応・・・。歩きながら朽ちる病でも、情動の残存を示唆している」
同居人「観察やめて! この人、ちゃんと感じてるのよ」
学者「・・・すまない。この病は、社会的な意味では僕たちも感染してるかもしれないね」
同居人「・・・さ、私たちもスープをいただきましょう。はい」
学者「ありがとう」
同居人&学者「いただきます」

二人がスープを飲む。

学者「ん?味変えた?」
同居人「あ、さっき、睡眠薬・・・」
学者「ああ・・・そうか・・・」
同居人「ごめん、新しく作るの忘れて・・・」
学者「いや・・・まあ・・・少量だから・・・」

二人の瞼が重くなっていく。

同居人「なんか・・・眠く・・・」
学者「僕も・・・このまま寝て・・・しまいそう・・・」

二人が椅子に座ったまま眠ってしまう。病人がむくりと起き上がる。ゆっくりと二人に近づく。病人の手が学者の首に伸びる。しかし、震えながら止まる。

病人「ウ・・・ウウ・・・」

病人は必死に何かを抑え込むように、自分の頭を抱える。苦悶の表情。そして、テーブルの上の紙とペンに気づく。病人がペンを握る。手が震えている。ゆっくりと、何かを書き始める。文字にならない線。それでも必死に書き続ける。

病人「ががが・・・あーががが・・・ががが・・・があがががが」

書き終えると、病人は手紙をテーブルの中央に置く。二人を一度振り返る。病人の目に、再び液体が流れる。(涙か、体液か、判然としない)。そして、静かに玄関へ向かい、出て行く。朝の光が差し込む。同居人が目を覚ます。

同居人「ん・・・あれ?」

病人がいないことに気づく。テーブルの上の手紙を見つける。

同居人「ねえ、起きて! 手紙が」
学者「ん・・・なに? ああ、頭が・・・」
同居人「あの人、出て行ったみたい。手紙を残して」

二人で手紙を覗き込む。

同居人「えっと・・・『ががが、あーががが、ががが、があがががが』」
学者「・・・判読不能だね」
同居人「“ががが”って、どういう意味だろう」
学者「・・・分からない。でも、僕たちの言葉より伝わる気がする」
同居人「きっと・・・ありがとうって言ってくれてるんじゃないかな」
学者「(メモしながら)“ありがとう”的反応」
同居人「感動を統計にするのやめて」

二人は手紙を見つめたまま、小さく微笑む。

同居人「元気になってるといいわね」
学者「もし治ったらデータ提供してほしい」
同居人「だからそういう話じゃない!」

間。

同居人「また会えるかしら」
学者「・・・どうだろうね」
同居人「ほんとに、親切な人たちね」

朝日が二人と手紙を照らす。静かに暗転。
(了)

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