登場人物2名、上演想定約7分(約2711文字)
- 師匠(落語の師匠。ペットの死後、心を閉ざし弟子に当たり散らしている)
- 弟子(師匠の悲しみに気づきつつも、冷たい態度に我慢の限界)
師匠の厳しい指導に弱音を吐く弟子が、師匠のペットの幽霊を騙って、説得しようとする滑稽話。
落語の稽古をしている、師匠と弟子。
師匠「ばかやろー! 『寿限無』の三回目、また噛んだろう!」
弟子「す、すいません・・・」
師匠「『寿限無寿限無ゴボウとすりごま』って、なんだそのお惣菜は!」
弟子「腹が減っちまって」
師匠「はぁ・・・。まったく。こんな出来の悪い弟子を持つと苦労する」
弟子「あの、師匠。そんなにカリカリしなくても・・・」
師匠「なぁにぃ?」
弟子「いえ! すいません」
師匠「あぁ、疲れた! 今日の稽古はここまで。あたしは寝る」
弟子「へ、へい。ありがとうございました」
師匠去る。
弟子「ちくしょう・・・師匠だからって、あんまりだ。わかってますよ、可愛がってたペットの小太郎が死んじまって悲しいのは。でもね、それで八つ当たりされる方の身にもなってくださいよ。こんな怒ってばっかの稽古じゃ、師匠が高血圧で倒れちまう・・・そうだ! 小太郎に化けて夢枕に立ってやろう。可愛がってたペットが話しかけりゃ、ちいとは、聞いてくれるに違いない」
弟子が去り、師匠が戻ってきて横になる。しばらくして、覆面を被った弟子が忍び込む。
弟子「だんな、だんな」
師匠「うーん・・・」
弟子「だんな、起きてくだせぇ」
師匠「・・・ん? 誰だ! 」
弟子「あっしですよ、あっし! 小太郎!」
師匠「小太郎って・・・おまえ、小太郎はもう・・・」
弟子「死んでますよ、死んでんです」
師匠「出てってくれないか。今なら警察は呼ばない」
弟子「ややや、そんな大袈裟な。ただね、あっしは生まれ変わる前に、どうしても旦那にお伝えしたいことがあったんでやんす」
師匠「生まれ変わるたって、小太郎が死んだのは随分前だぞ。やたらと時間がかかってるな」
弟子「あの世への道、間違えたんでやんす」
師匠「なんだ、迷子になっちまったのか、小太郎」
弟子「そうでやんす! 小太郎でやんす!」
師匠「ずいぶん達者にしゃべるんだな」
弟子「これは、あの、あの世では人語が、」
師匠「いいよ、いいよ。それで、あたしに伝えたいことって?」
弟子「あのね、あっし、いきなり死んじまったでしょう?」
師匠「ああ・・・病気にもならず、ピンピンコロリだ」
弟子「あっしは苦しまずに死ねてよかったんですが、でも旦那は心の準備できなかったでやんしょ?」
師匠「うん・・・朝起きたら、君、いつもの寝相で。声をかけても、ゆすっても・・・」
弟子「ささ、涙を拭いて。今なら、少し、お話できやすから」
師匠「ああ」
弟子「それでね、旦那、最近、誰かに冷たくしてやしませんかい?」
師匠「え?」
弟子「あっしが死んでから、旦那、なんだか怖い顔してるって、あの世でも評判でやして」
師匠「あの世で・・・? まあ、弟子には、ちょいと厳しくしてるかもしれないが」
弟子「そいつぁよくない! これからは褒めて伸ばさないと」
師匠「褒めて伸ばすねぇ・・・。あいつぁ、不器用でね、覚えも悪いし、要領も悪い」
弟子「・・・ないですか、褒めるとこ?」
師匠「んー・・・ま、一生懸命ではある」
弟子「ほら、一生懸命なところ、ほめましょう!」
師匠「ただなぁ、一生懸命ってだけで褒めたんじゃぁ、芸は良くならねぇ」
弟子「さいですか・・・。他に褒めるところないですか?」
師匠「他に・・・ご飯をよく食べるね」
弟子「それ、褒めてますか?」
師匠「おかげでウチの食費が高くつく」
弟子「へぇ、すいません・・・」
師匠「なんで小太郎が謝るんだ?」
弟子「あ。・・・で、その、お弟子さんを、もうちょっと大事にしてやってくだせぇ」
師匠「小太郎がそんなこと言うか?」
弟子「言いやすよ! だって、あっしが死んでから、旦那、すっかり元気なくなっちまって」
師匠「それは・・・そうだ。この家が前より広く感じる」
弟子「旦那が元気でいてくれるのが、あっしの一番の願いなんでやんす」
師匠「小太郎・・・」
弟子「だから、そのお弟子さんを可愛がってやってくだせぇ」
師匠「・・・おまえ、ほんとに小太郎か?」
弟子「へ? そ、そうでやんすよ」
師匠「じゃあ、小太郎が毎日何して過ごしてたか、言ってみろ」
弟子「そりゃあ、起きて、飯食って、散歩して、」
師匠「小太郎はずっと水槽にいたぞ。散歩は行ったことない」
弟子「散歩に行かない? あっし、犬じゃない?」
師匠「お前、自分のこと、犬だと思ってたのか?」
弟子「いえ、違いますよ、犬じゃありません」
師匠「毎日、コオロギを美味そうに丸呑みしてただろう・・・腹減ってないか?」
弟子「いえいえ! 今、腹いっぱいで!」
師匠「そうか、残念だ」
弟子「あの・・・あっしはなんだったんですか?」
師匠「自分がなんだったのかわからない?」
弟子「蛇ですか?」
師匠「蛇じゃない」
弟子「じゃ、カエル?」
師匠「ちがう」
弟子「トカゲ?」
師匠「夜が明けちまうよ。お前は、亀だ」
弟子「そうでした! あっしは、亀でした!」
師匠「だから、あの世にもゆっくり行ったんだなぁ」
弟子「へぇ。それで、旦那に会いに戻るのもゆっくりで」
師匠「それじゃぁ、夜が明ける前に出なきゃあな」
弟子「へぇ、あっしはそろそろ・・・。で、お弟子さんのこと、くれぐれもよろしゅうお願いいたしやす」
と、弟子が出て行こうとして、
師匠「待て」
弟子「へ、へい!?」
師匠「おまえさんが、本物の小太郎かどうかはわからない」
弟子「・・・」
師匠「でも、久しぶりに小太郎のことをしっかり思い出せた。それだけで嬉しいよ」
弟子「旦那・・・」
師匠「それに、弟子のことも、少し考え直してみる。確かに、あいつに厳しくし過ぎたかもしれない」
弟子「ほ、ほんとうでやんすか!?」
師匠「ああ。明日からは、もう少し優しく・・・愛を持って接してみるよ」
弟子「よかった・・・」
師匠「ふぁ・・・また、眠くなってきた」
弟子「ゆっくり、おやすみなさいやし」
師匠「おやすみ。・・・小太郎、ありがとうな。君は良い亀だった」
弟子「旦那も、良い旦那で・・・」
暗転。弟子が退場。明るくなる。師匠、目を覚ます。袖から弟子の声。
弟子の声「師匠、朝のご挨拶です、よろしいですか?」
師匠「あぁ、いいよ」
弟子が普段着で登場。
弟子「おはようございます」
師匠「おお、おはよう。実は今朝な、不思議な夢を見たんだ」
弟子「へぇ、どんな夢で?」
師匠「小太郎が出てきてな、なんだか、おまえの声にそっくりで」
弟子「そ、そうなんですか」
師匠「ああ。それでな、小太郎がこう言ったんだ。『弟子を大事にしてやってくれ』ってな」
弟子「師匠・・・あの、実は・・・」
師匠「ん?」
弟子「いえ、なんでもないです。・・・師匠、そろそろ朝食のお時間です」
師匠「あぁ、お前さんは、コオロギでいいかい?」
弟子「・・・へい」
(了)
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