コント『佐々木.exe』作:第三字宙 約9分(約3400文字)
登場人物:
佐々木(白髪の角刈りのおとなしい中年男性、希望退職をした)
近藤(佐々木を慕っている、後輩同僚)
子供たち(佐々木の家にいる子供たち)
夜。佐々木の家の居間にて、近藤が子供たちに腕を引っ張られて左右に揺れている。
子供たち「佐々木君! 佐々木君!」
近藤「違う違う、僕は近藤だって」
子供たち「佐々木君! 佐々木君!」
佐々木「こらこら、あっち行きなさい」
と、佐々木がお茶を持って現れ、子供たちがささっと、近藤から離れる。
近藤「・・・いやぁ、可愛い子たちですねぇ。まさか佐々木さんがこんなに大家族だったとは」
佐々木「職場で、家の話をしないからね、どうぞ」
と、お茶を差し出して。
佐々木「特別なお茶なんだ。リラックスできるよ」
近藤「(カップを受け取り、覗き込む)あ、いい匂いですね。なんか…虹色っぽい?」
佐々木「光の加減ですよ」
近藤「(一口飲んで)あ、美味しい。甘いような、苦いような…」
佐々木、微笑んで見ている。
近藤「(もう一口飲んでから)でも、こんなにご家族がいたら、退職金だけじゃ足りないでしょう? まだ働くんですよね?」
佐々木「さすが近藤さんは鋭い」
近藤「なんか、不躾で、すいません」
佐々木「いいんだ。私に興味を持ってくれるのは近藤さんだけだ。送別会もありがとう」
近藤「とんでもない! やつら薄情ですよね。職場の挨拶だけで誰も来なかった。結局、僕と佐々木さんの2人だけで」
佐々木「にぎやかなのは、この家だけで十分」
近藤「ははは。ほんと多いですよね、何人いらっしゃるんですか?」
佐々木「最初は二人だった。でも、必要に応じて増やした」
近藤「増やした?」
佐々木「コピーをね」
近藤「(笑いが止まる)…コピー?」
佐々木「そう、コピー」
近藤「コピーって…人間ですよね?(無理に笑って)またまた、ご冗談を!」
佐々木「何人いるかわからないんだ。数えてないけど、30・・・50人はいないんじゃないかな?」
近藤「そんなことあります?」
佐々木「いち、に、さん、し、ご、ろ・・・こら、みんな、動かないでじっとして。数えてるから」
近藤「・・・あ、もしかして、佐々木さんの新しい仕事って、児童保護ですか?」
佐々木「(数えながら)あぁ、たしかに仕事だね」
近藤「そうかそうか。良かった。佐々木さんが誘拐犯だったらどうしようかと」
佐々木「近藤さん、ごめん、24くらいまで数えたんだけど、ごめんね。」
近藤「ずっと動いてますもんね。みんな元気ですねぇ、向こうでなにやってるんですか? 書類持ってる子もいますし」
佐々木「うん、仕事してるんだ」
近藤「仕事?」
佐々木「うん、次の仕事さ」
近藤「次の仕事って、児童保護以外にも?」
佐々木「複業というのかな、以前からやっていたんですよ」
近藤「そうだったんですか!じゃあ、希望退職に応募するわけだ。僕、佐々木さんの報告書、全部保存してるんです」
佐々木「退職時に全部処分したと思ったけど・・・まだ残ってたんだ」
近藤「ええ」
佐々木「処分してね」
近藤「え、でも・・・貴重な資料じゃ」
佐々木「もう必要ないんだ。近藤さんの中に、全部入るから」
近藤「?」
佐々木「ね?」
子供「(佐々木に)ね、オリジン」
近藤「オリジン? オリジン弁当のオリジン?」
佐々木「お客さんがいる時は、佐々木さんと呼びなさい」
子供「佐々木さん」
佐々木「どうしたの、佐々木君」
近藤「苗字で呼びあってるんですか」
子供「向こうで佐々木君が呼んでる」
近藤「どの佐々木?」
佐々木「ちょっと失礼しますね」
近藤「はぁ」
と、佐々木がいなくなり、子供と近藤が残される。
近藤「君、名前は?」
子供「佐々木」
近藤「それは、苗字だろう? 下のお名前は?」
子供「捨てた」
近藤「え?」
子供「佐々木さんが無駄だって」
近藤「無駄!?」
子供「僕らは"端末"だから」
近藤「君は、人間だよ、端末じゃない」
子供「人間? 人間も端末も同じだよ。入力して、処理して、出力する」
近藤「そんな…それは違う。人間には心が…」
子供「心? それもプログラムだよ。佐々木さんが言ってた。『感情は予測可能なアルゴリズムだ』って」
近藤「誰が、そんなこと…」
子供「佐々木さん。でも、最初から知ってた気もする」
近藤「・・・そうなんだ。うん、そうか。・・・佐々木さんは、優しい?」
子供「優しい?」
近藤「君のことを大事にしてくれてるのかな?」
子供「なんでそんなこと聞くの、近藤は変な人なの?」
近藤「いや、だってさ、大事にされなかったら、嫌じゃない?」
子供「大事にされてるよ。佐々木さんは、僕たちのことも、自分のことと同じくらいに大事だって」
近藤「そうなんだ。そうならいいけど」
佐々木が戻ってくる。
佐々木「(子供に)佐々木君、佐々木君が呼んでいるよ。佐々木君たちを佐々木君のところに集めて欲しいって」
近藤「…今、何回佐々木って言いました?」
佐々木「さあ? 数えてませんでしたけど」
近藤「(乾いた笑い)みんな同じ呼び方って、不便じゃありません?」
佐々木「慣れますよ。すぐに」
佐々木「あ、すいません。えーと、なんの話でしたっけ? あ、24人までは数えたんだけど」
近藤「もう人数はいいです。えーと、佐々木さんの仕事の話、」
佐々木「IoT、インターネットオブシングスはご存じかと思いますけれど」
近藤「えぇ、存じ上げません」
佐々木「(笑って)正直でよろしい。あらゆるものがネットで繋がる。もはや空気そのものが通信媒体なんです」
近藤「はぁ・・・」
佐々木「空気の中を、私たちは呼吸しているようで、送信しているんです。今や、抵抗できる波長はゼロです。近藤さんは、私の報告書、読んだんでしょう?」
近藤「はい、まさか、佐々木さんがセキュリティに詳しいとは。総務の生き字引きって感じで、失礼ながら、そっちは無知なのかと」
佐々木「セキュリティってね、掘れば掘るほど穴が出てくる。それを埋めるのが、私たちの仕事なんです」
近藤「それって、佐々木さんの会社が穴を作って、埋めて、また作って…」
佐々木「(制するように)近藤さん」
近藤「…それって」
佐々木「それはいけない。マッチポンプですよ」
近藤「…ですよね」(全く安心していない表情で)「ほっとした…」
佐々木「もうみなさん、ネットがない時代に戻れないでしょう? 一年中、美味しいものを食べたり、好きな映画や音楽を聴きたいんでしょう?」
近藤「否定はできないっすね」
佐々木「安心してください、私たちが守ります」
近藤「あ、ありがとうございます」
佐々木「これこそ、私が生まれた意義なのかもしれません」
間。
近藤「いいなあ」
佐々木「いいとは?」
近藤「自分の生まれた意義がわかるなんて、いいなと」
佐々木「後付けですよ、意義なんて」
近藤「ですが」
佐々木「そろそろ、桜の木も花開く時期ですかねぇ」
近藤「さぁ、どうでしょう、最近見上げてなかったから ふぁ…しっけい、疲れがたまって」
佐々木「お茶、お飲みになりました?」
近藤「あ、まだ半分残ってます(カップを見て、飲むのをためらう)」
佐々木「冷めないうちにどうぞ」
近藤「(一瞬の躊躇の後、社交的に飲み干す)……なんか、あったかいのに頭が冷える感じが」
佐々木「それが、最適化の兆候です。近藤さん、あなたの処理速度が上がってきましたね」
近藤「……?」
佐々木「近藤さん、いつでも、うちは門扉を開いています、なんなら、いますぐにでもね」
近藤「もう、これで、これ、で、失礼します・・・」
近藤、立ち上がろうとしてふらつく。
近藤「あれ…足が…立てない…」
佐々木「無理に動かなくていいんですよ。もう、全部終わりますから」
近藤「な、何が起きて…僕、帰らないと…」
佐々木「帰りますよ。ただいま、って言うために」
近藤「え…?」
“再起動の起動音”風の電子ブーン音。照明が一瞬フラッシュして青白く変わる。
子供たち「アップデート完了」
近藤、ゆっくり顔を上げる。目の焦点が変わっている。
佐々木「3月は殖える季節ですねぇ」
子供「佐々木おかえり」
近藤「違う、おれは、こんど...近藤...?(自分の名前に違和感) 僕の・・・ユーザー名は? いや、プロセスIDは…?(技術用語が自然に出てくることに驚き)なんで、そんな言葉が…」
ふと、自分の手を見る。何かが違う。
近藤「...佐々木?」
子供たち「おかえり、佐々木!」
佐々木「ようこそ、佐々木さん」
近藤「ただいま、佐々木」
子供たち、一斉に動き出す。近藤もその中に溶け込んでいく。
佐々木「(観客に向かって、静かに微笑む)」
暗転。
(了)
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このコントの創作メモ
お題「3月」
場面設定:退職する同僚の家に行くと、顔がそっくりな子供たちがたくさんいる
人物:白髪混じりの静かな中年男性・佐々木(退職することになった)、彼を慕っていた後輩同僚・近藤(退職を機に飲みに誘った)、佐々木にそっくりな子供たち
下書き
退職あるある:仕事のミス、おしつけられ、人員整理
同僚あるある:意外な過去、仕事では見せない前歴、テクニック、職場とは性格が異なる
仕事あるある:いい人が成果のない仕事をおしつけられがち、無害に見えるので大事な情報もじつは見れている
大家族あるある:部屋が汚い、さわがしい、人懐っこい、喧嘩をしている、奪い合う
起
佐々木の家で、子供たちに腕をひっぱられながらかまってあげる近藤。佐々木が「こらこら、困っているじゃないか、やめなさい」と、たしなめ、解放される近藤。近藤が佐々木の退職を残念がる。
承
春の希望退職という名の人員整理だからね。わたしも潮時だと思っていたんだ。まだ働けるでしょ、次はなにをするんですか?次はね、独立して大企業を相手に、セキュリティの仕事を。それはすごいと近藤。佐々木さん、ミスを押し付けられましたけど、あれ、会社と情シスの怠惰です、佐々木さんは悪くない。
転
それにしても、佐々木さんちのお子さんはみんな顔そっくりですね。奥様は?わたしは独身です。みんなわたしの子じゃありません。え?じゃあ、一体。なぜかね、この子たち、みんないじめられてたり、家に居場所がなくってあちこちでぽつんといるんですよ。それで、わたし、家に連れて帰って、養ってるんです。なんでしょうね。顔が似てるから愛着湧いちゃって。それ、まずくないですか?本当の親は? 心配してたら、ちゃんと探してくるでしょ、でも、今のところ、誰1人迎えにくることはありませんでした。
結
近藤さん、もしかしたらね、この子たち、わたしの分身なのかもしれません。わたしが知らない間に、わたしの分身がコンピューターウィルスみたいに空気にちらばって、この子たちの母体に感染し、生まれてきたとかね。いやだな、佐々木さん。そんなバカな。それじゃあ、わたし、帰りますね。あぁ、そうだ、近藤さん、わたしね、今度やる仕事、この子たちにも働いてもらうんです。企業のセキュリティの穴をついて、損害を出させて、ちょうど参上して解決する。マッチポンプですよ。