コント『なんらかのディーラー』 作:第三字宙 約7分 (約2800文字)
登場人物:
ディーラー
顧客A
顧客B
ディーラー販売店。ディーラーがカウンターに立っている。顧客Aが入店。
ディーラー「いらっしゃいませ!本日はどのようなものをお探しですか?」
顧客A「家族が増えるので、大きめのものを考えていまして」
ディーラー「おめでとうございます! それでしたら、ファミリー向けのなんらかがお勧めです」
顧客A「・・・その、それって何ですか?」
ディーラー「ええ。当店で一番人気でして。お色はいかがいたしましょう?」
顧客A「そうですね、明るい色で。あと、温度調節機能も欲しいんですが」
ディーラー「おんど・・・(首をかしげる)ああ、このなんらかには、そういうなんらかのオプションも」
顧客A「(不安そうに)カタログ、見せていただけますか?」
ディーラー「もちろんです。(カタログを開く)こちらが今年の最新のなんらかです」
顧客A「(読む)「このなんらかは、なんらかの素材を使用し、なんらかの技術により、なんらかの機能を実現しております」・・・えっと、これ、具体的には?」
ディーラー「はい、こちらは"なんらか"の中でも、特に"なんらか"のタイプでして」
顧客A「特に"なんらか"のタイプ・・・?」
ディーラー「(真顔で)ええ、極めて、なんらかです」
顧客A「型番とかブランド名は?」
ディーラー「なんらか、です」
顧客A「・・・じゃあ、色は何色があるんですか?」
ディーラー「なんらかのカラーですね」
間。
顧客A「・・・とにかく、なんらかなんですね」
ディーラー「(ホッとして)ありがとうございます! ちなみに今年のなんらかは、昨年よりなんらかの度が30%向上しております」
顧客A「なんらかの度が? どういう意味ですか?」
ディーラー「AIによる説明文を読み上げますね・・・(AI音声風に)『このなんらかは、なんらかのための、なんらかによる、なんらかです』」
顧客A「・・・詩ですか?」
ディーラー「いえ、AIが“意味を持たないこと”になんらかの意味を見出した結果です」
顧客A「(スマホを取り出す)ちょっと、口コミ調べてみますね・・・」
スマホを見る。
顧客A「・・・レビューが全部「なんらかが最高!」しかない」
間。
顧客A「・・・みんな満足してるなら、まあ、なんらかの評判が良いんでしょうね」
顧客Bが颯爽と入店。照明が明るくなる。
顧客B「すみません!急いでます!」
ディーラー「はい、いらっしゃいませ!」
顧客A「(小声で)じゃあ私、少し考えさせていただきます・・・」
顧客A、ショールームへ移動するが、耳はこちらに向けている。
顧客B「欲しいのはね、高くてデカくて、無意味なやつ」
ディーラー「(即答、カタログ最終ページを開く)でしたら!このなんらかが!」
顧客B「完璧。買います」
ディーラー「(感動して)お客様・・・さすが、通でいらっしゃいます・・・!」
顧客B「(現金の束をドサッと置く)即金で」
ディーラー「かしこまりました! 契約書をお持ちいたします!」
ディーラー、奥へ。顧客Aと顧客Bが目を合わせ、会釈。
顧客A「あの・・・すごく、スムーズですね」
顧客B「ええ、もう5年連続で買い替えてますから」
顧客A「5年連続!? 何を買ってるんですか?」
顧客B「(真顔で)なんらか、ですよ」
顧客A「いや、だから・・・」
顧客B「なんらかはね、なにかじゃない。なんらかの、なにか、なんです」
顧客A「・・・はぁ」
顧客B「"なんらか"に"なにか"を求めた時点で敗北だよ」
顧客A「(混乱)・・・すごい」
顧客B「初めて?」
顧客A「えぇ。家族向けに買い替えを・・・」
顧客B「(首を横に振る)ああ、ファミリー向けは、もうなんらかじゃない。それ、なんらかを買う理由にならないよ」
顧客A「・・・私も、ここの"なんらか"を買えば、何かが変わる気がして」
顧客B「違う。"なんらか"を買っても、何かは変わらない。だから"なんらか"なんだ」
沈黙。
顧客A「・・・なんらかで、何かは変わらない・・・」
ディーラーが戻ってくる。
ディーラー「大変申し訳ございません・・・なんらかの事情で、在庫が切れておりまして」
顧客B「えぇっ!?」
ディーラー「こちら大変なんらかの人気でして、納期が1年後に・・・」
顧客B「おい、それは納期じゃなくて、”納なんらか”じゃないか。私が欲しいのは、高くてデカくて無意味な、"今ここにある"なんらかなんだが」
ディーラー「もちろん、そのなんらかでございます!ただ納なんらかが・・・なんらかの事情もございまして、もしよろしければ、なんらかのサービスをさせていただければと・・・」
顧客B、顧客Aにウィンク。顧客Aは「?」の表情。
顧客B「・・・分かった。じゃあ、その「納なんらかが1年後の、高くてデカくて無意味ななんらか」で契約する」
ディーラー「ありがとうございます!では改めて・・・(奥へ)」
顧客B「(顧客Aに向かって)見た?こうやって、なんらかの理由でゴネて、なんらかのサービスを引き出すのが、なんらかの通の嗜みなんだ」
顧客A「なんらかの道、深いんですね・・・」
顧客B「なんらかを極めたいなら、覚えておくといい」
ディーラー「(慌てて戻る)お客様! 奇跡です! 今、たった1つだけ在庫が見つかりまして! なんらかの形で即納可能です!」
顧客B「(激昂)困るな君! 僕が求めているのは“待ちそのもの”を含んだなんらかだ!」
ディーラー「しかし・・・」
顧客B「なんらかの形で即納可能ななんらかなんて、なんらかじゃない!」
ディーラー「(困惑)で、ですが・・・」
顧客B「私はもう、待つことに課金してるんだ」
間。顧客A、呆然と二人を見ている。
顧客A「(つぶやく)・・・私たちは、なんらかを求める、なんらかなんですね」
ディーラー「(顧客Aに向き直り、真顔で)まさに。人はみな、なんらかの顧客でございます」
顧客B「(にこやかに)そう。これが、社会のなんらかの縮図なんだよ」
顧客A「・・・帰ります」
顧客A、静かに退店。照明が少し暗くなる。
ディーラー「(顧客Bに)で、お客様。ご契約、どうなさいますか?」
顧客B「ああ、やっぱやめとく」
ディーラー「・・・え?」
顧客B「だって、なんらかの形で即納可能になった時点で、僕が欲しい"なんらか"じゃなくなっちゃったから」
ディーラー「(呆然)・・・」
顧客B「また来年来るよ。・・・いや、"来年のなんらかの状態の僕"が買うかもしれないけど、今の僕じゃないな」
ディーラー「左様でございますか。・・・なんらかって、なんなんでしょうね」
顧客B「(少し遠い目で)・・・たまに思うんだよ。"なんらか"って、ほんとは"なにか"だったんじゃないかって」
ディーラー「え?」
顧客B「(我に返って)いや、忘れて。今のは"なんらか"の気の迷いだ」
顧客B、颯爽と退店。ディーラー、一人残され、カタログを見つめる。間。
ディーラー「・・・なんらかの再入荷予約受付中です」
カタログを閉じる。暗転。
(了)
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このコントの創作のメモ
場面設定:ディーラー販売店
人物:ディーラー・顧客A・顧客B
なんらかを販売しているディーラー。そこになんらかを欲しがっている客がやってくる。ディーラーのなんらかと、顧客のなんらかは一致しないが、もう1人の顧客がやってきて、ディーラーとすぐに意見が一致して成約する。やきもきした最初の顧客は、じぶんのなんらかを説明しようと悪戦苦闘するが・・・。
起承転結
起
ディーラー販売店に、顧客Aがやってくる。ディーラー販売員が対応する。「本日はどのようななんらかをお探しですか?」「そうですね、そろそろ、家族が増えるので、大きななんらかを」「赤ちゃんですか?おめでとうございます」などと話が弾むが、どうも車ではないようで、色の話とオプションの話でも、車にはいらないものがたくさんでてくる。カタログをみせられるがなんらかとしかいいようのない、掴みどころのない商品説明ばかりが読み上げられ、ディーラーも顧客Aも自分たちが何を売ろうとして買おうとしているのかわからなくなっている。
承
顧客Bが来店する。顧客Aはじっくり検討したいと、カタログやショールームを見学しながら、ディーラーと顧客Bの会話に耳を傾けている。顧客Bの要望は明快で「高くてデカくて無駄がたくさんあるなんらか」。するとディーラーは「でしたら・・・」と、カタログの最後の方を指して、「こちらなんかは高くてデカくて無駄がたくさんあるなんらかですが」と、すぐに対応する。顧客Bは満足して、即金で買う契約のため、現金の束をドンと置く。
転
ディーラーが契約書を取りに奥に行くと、顧客Aと顧客Bが目があって会釈する。顧客Aがスムーズな買い物に驚いて思わず質問をする。顧客Bは毎年買い替えてるらしい。なんらかとは、なにかではなく、なんらかのなにかである、と語るが、要領をえないので、顧客Aは「はぁ」とか、「すごい」とか「へぇ」しか言えない。「初めてのなんらかですか?」と顧客Bが質問すると、顧客Aは他社でのなんらかは買ったことがあるので、家族が増えることを機に買い替えを検討しているという。顧客Bが家族向けのなんらかは、もはやなんらかではないので、ファミリー向けだから、なんらかを買うのは違うのではないか、とアドバイスをする。顧客Aはそうですか、と、それで話を打ち切る。そこにディーラーがやってきて。
結
「申し訳ございません、今、在庫があるなんらかは、いまなんらかの事情で、なくてですね。こちら大変人気のなんらかでして、納期は1年後になってしまいます」と語ると、顧客Bは「そうか、残念だな、それじゃなんらかではなくて、1年後に納なんらかされるなんらかになってしまうなぁ。私が欲しいのなんらかは、高くてデカくて無駄がたくさんあるなんらかなのだが」と語り、ディーラー食い下がって「もちろん、高くてデカくて無駄がたくさんあるなんらかですし、納なんらかが1年後になってしまいますが、なんらかの事情もございまして、もしよろしければ、なんらかのサービスをさせていただければと・・・」という、ここで顧客Bが、顧客Aにウィンクをする。顧客Aは「?」の反応。顧客Bが「じゃあしょうがない、その「納なんらかが1年後の高くてデカくて無駄がたくさんあるなんらか」で決めるよ」と再度、契約を進める。ディーラーが再び奥の事務所に行くと、顧客Bが「どう? こうやってなんらかの理由をつけてゴネて、なんらかのサービスを受けるのがなんらかの通の嗜みなんだ、もし、ほんとうになんらかを極めたいなら、覚えておくといいよ」とご高説。顧客Aは「なんらかの道は深いですねぇ」と感心しているが、ディーラーが「お客様! たった1つだけ、ご希望のなんらかがございまして、こちらでしたら、なんらかで即納可能です!」と来ると、顧客Bは「困るな君、僕が決めたのは「納なんらかが1年後の高くてデカくて無駄がたくさんあるなんらか」なんだよ!」とクレームをつけると、顧客Aが「これがなんらかのカスタマーのなんらかのハラスメントかぁ」とオチ。


