コント『言葉の棚卸し』 作:第三字宙

コント『言葉の棚卸し』 作:第三字宙

コント『言葉の棚卸し』 作:第三字宙 約10分(約3600字)

登場人物
ヨリエ(母・常識人だがたまに暴走)
アヤ(娘・感情
ケンジ(叔父・謎のポジティブ)

リビング。テーブルを囲んで3人が座っている。

ケンジ「えー、毎年恒例の言葉の棚卸しです。今年使わなくなった言葉を断捨離していきましょう。じゃあ、アヤから」
アヤ「はーい。私は…"やばい"を提出します!」
ヨリエ「あら、やばいって、そんなに使ってた?」
アヤ「なんでも"やばい"で済ませてる気がして。もっとちゃんとした言葉で表現したいなって」
ケンジ「いい心がけだ!じゃあ、どんな時に使ってるか、試してみようか」
アヤ「えーと…この間見た動画、やばかった」
ヨリエ「どうヤバイの?」
アヤ「すごく、面白かった」
ケンジ「ほら、言えるじゃないか」
アヤ「うん、これは言える…じゃあ次、昨日食べたラーメン、やばかった」
ヨリエ「美味しかったの?」
アヤ「えーと…味が濃くて、量も多くて、でも美味しくて、お腹いっぱいで苦しいけど幸せで…」
ケンジ「長いな」
アヤ「でしょ!?全部言ってたら感動が冷めちゃう」
ヨリエ「じゃあ、"複雑に美味しい"とか?」
アヤ「それ、やばいよりやばくない?評論家みたいで…」
ケンジ「確かに違和感あるな」
アヤ「あと、明日大学のサークルでOB来るからヤバイ」
ヨリエ「楽しみなの?嫌なの?」
アヤ「両方!楽しみだけど緊張するし、話したいけど気まずいし、嬉しいけどプレッシャーだし…」
ケンジ「それも全部"やばい"に入ってるのか」
アヤ「うん…だから、うまく言えないの。わかるでしょ!?」
ヨリエ「わかるけど…」
アヤ「"やばい"って、いろんな感情が混ざってる時の、あの感じなの!」
ケンジ「あの感じって、どの感じだよ」
アヤ「だから!言葉にできない、あの感じ!」
ヨリエ・ケンジ「…わからん」
アヤ「うー…捨てたくない…」
ヨリエ「でも、今日捨てるって決めたんでしょう?」
アヤ「わかった…」

アヤがカードに「やばい」と書いて、箱に入れる。が、すぐに手を伸ばす。

ヨリエ「こら、もう入れたでしょ」
アヤ「でも…さみしい…」
ケンジ「さみしいって…(笑)じゃあ、次は姉さん」
ヨリエ「私は"ご苦労さま"を提出します」
アヤ「え、なんで?」
ヨリエ「最近、"お疲れさま"の方がしっくりくるのよ。"ご苦労さま"って言うと、あれ、上から目線って思われないかな、って気になっちゃって」
ケンジ「気を使いすぎじゃない?」
ヨリエ「でも、そう思われたら嫌じゃない。言葉って、重たいのよ。たとえば、"ありがとう"だって、言わないと冷たい人って思われる気がするし…」
アヤ「あー、わかる」
ヨリエ「だから、慎重にならないと」

ヨリエがカードに書いて箱に入れる。

ケンジ「じゃあ、最後は俺。"すみません"を提出します」
アヤ「え!?本気で捨てるの?」
ケンジ「謝ることばっかりの人生もどうかと思って。これからは"ありがとう"で乗り切ってみる」
ヨリエ「全部ありがとうって…」
ケンジ「大丈夫。感謝の気持ちが伝わって、人間関係が良くなる」
アヤ「めっちゃポジティブ…」
ヨリエ「じゃあ、試してみましょうか。ハンカチを拾ってもらった時は?」
ケンジ「ありがとうございます!」
ヨリエ「うん、これは普通ね」
ケンジ「ほら、いける」
アヤ「じゃあ、電車で降りたいけど、入口が混んでる時に声をかける」
ケンジ「ありがとう!」
ヨリエ・アヤ「???」
アヤ「今、まだ誰も開けてないよ?」
ケンジ「いや、ほら、これから道を開けてもらう"予定"だから」
ヨリエ「予定って…」
ケンジ「未来への感謝!前向きな姿勢が大事なんだよ」
アヤ「未来への感謝って何…」
ケンジ「感謝の先払い!"開けてくれるだろう"という信頼の気持ち」
アヤ「借金みたい」
ヨリエ「無理があるわよ…」
ケンジ「いや、これはいける。感謝を先に伝えることで、相手も気持ちよく協力してくれる」
アヤ「屁理屈…」
ヨリエ「じゃあ、居屋で店員さんを呼ぶ時は?」
ケンジ「ありがとう!(大きな声で)」
アヤ「ちょっと待って」
ヨリエ「それで店員さん来るの?」
ケンジ「来る…と思う」
アヤ「来ないでしょ!何を頼まれたか分からないもん」
ヨリエ「店員さん、"ありがとう"って言われても、"何に対して?"ってなるわよ」
ケンジ「あ…」
アヤ「"ありがとう"だけじゃ、伝わらないよ」
ケンジ「…ダメか」
ヨリエ「ダメよ。もう一回、ちゃんと具体的に言ってみて」
ケンジ「ハンカチを拾ってもらって」
ケンジ「ありがとうございます」
アヤ「電車を降りたい時に」
ケンジ「後ろ、通ります」
ヨリエ「居屋で店員さんを呼ぶ時」
ケンジ「注文いいですか?」
ヨリエ「ほら、ちゃんと言えるじゃない」
ケンジ「そうか…曖昧に"すみません"って言うより、自分が何をしたいのか、はっきり言った方がいいんだな」
アヤ「おじさん、今いいこと言った」
ケンジ「でも、謝罪会見の時どうするんだろうな…」
ヨリエ「"ありがとう"で乗り切ったら、大炎上よ」
アヤ「"未来への感謝です"って言ったら、もっと燃える」
ケンジ「…やっぱり、場面によっては必要か」
ヨリエ「必要よ。でも、意識して使うのは大事ね」
ケンジ「よし、今日は捨てる!」

ケンジがカードに「すみません」と書いて箱に入れる。

アヤ「ねえ、曖昧な言葉を捨てた方が、はっきりしていいってこと?じゃあ、やばいも…」
ヨリエ「やばいは捨てなさい」
アヤ「でも、さっき言った、ラーメンの時みたいに、いろんな感情が混ざってる時、"やばい"以外でなんて言えばいいの?」
ケンジ「全部言えばいいじゃないか」
アヤ「それだと評論家みたいになっちゃう。"この一杯は、スープの濃厚さと麺のコシが絶妙に調和し…"みたいな」
ヨリエ「確かにそれは…」
アヤ「面白くない!感動が冷めちゃう!」
ケンジ「言葉って、難しいな」

少し沈黙。

ヨリエ「……そういえば、"ありがとう"を、捨てるって、どう思う?」
アヤ・ケンジ「え!?」

沈黙。二人、ヨリエを見つめる。

ケンジ「姉さん…まさか本気で…?」
ヨリエ「さっき言ったみたいに、"ありがとう"って、言わないと冷たい人って思われる気がするし、でも言いすぎると軽く聞こえるし…」
アヤ「お母さん、本気…?」
ヨリエ「本気よ。"ありがとう"って、言いすぎて、ありがたみが薄れてる気がするの」
ケンジ「でも、"ありがとう"がないと困るよ」
アヤ「確かに…本当に嬉しい時、言葉が出ないこともあるけど…」

少し沈黙。

ヨリエ「……冗談よ」
アヤ・ケンジ「え!」
ヨリエ「でもね、たまには、言葉のありがたみを思い出すのもいいかもね」
ケンジ「姉さん、ちょっと怖かった…」
アヤ「お母さん、意外と過激派」
ヨリエ「(笑って)棚卸しって、捨てることばかりじゃないのよ。残す言葉も、決めていい」
ケンジ「そうだな。"すみません"も、場面によっては復活させようかな」
アヤ「えー!さっき捨てたばっかりじゃん」
ケンジ「今日やってみて分かったんだ。言葉って、使い方を意識するってことが大事なんだって」
アヤ「じゃあ、"やばい"も…」

アヤが箱からカードを取り出そうとする。

ヨリエ「まだ迷ってるの?」
アヤ「難しいんだもん」
ケンジ「じゃあ、"預ける"ってことにしたら?完全に捨てるんじゃなくて」
アヤ「預ける?」
ケンジ「そう。言葉の銀行。また使いたくなったら、取り出せばいい」
ヨリエ「利子はつかないわよ」
アヤ「それいいかも!じゃあ、"やばい"は預ける!」
ケンジ「準レギュラーみたいなもんだな」
アヤ「準レギュラー!それだ!」
ヨリエ「曖昧ね…」
ケンジ「まあ、いいか。じゃあ、今日はこれで終わりにしますか」
アヤ「うん!ねえ、おじさん、ラーメン行くでしょ?いま、すごく…お腹が"やばい"」

3人、笑う。

ヨリエ「それ、準レギュラーの出番早すぎでしょ!預けたばっかりじゃない」
ケンジ「もう引き出したのか」
アヤ「だって、お腹すいてるんだもん!」
ヨリエ「"お腹すいた"って言えばいいでしょ」
アヤ「でも、"やばい"の方がしっくりくるの!」
ケンジ「もう、やばいは準レギュラーからレギュラーに昇格だな」
アヤ「やった!レギュラー昇格!」
ヨリエ「全然、棚卸しになってないじゃない…」
ケンジ「言葉の倉庫、満杯になったらどうするんだろうな」
ヨリエ「定期的に棚卸しするのよ。年末の大掃除みたいに」
ケンジ「そうか…じゃあ、また来年だな」
アヤ「うん!じゃあ、ラーメン行こ!」

ケンジとアヤが立ち上がる。

ヨリエ「いってらっしゃい。でも、"すみません"を捨てたケンジが、どうやって店員さん呼ぶのか、ちょっと見てみたいわね」
ケンジ「…"ありがとう"?」
アヤ「それ、さっきダメだったやつ!」
ケンジ「じゃあ、"注文いいですか"で」
ヨリエ「それが正解よ」
アヤ「おじさん、成長したね」
ケンジ「褒められてるのか、バカにされてるのか…」
アヤ「じゃあ、行ってきます!」
ヨリエ「気をつけてね」

ケンジとアヤが出て行く。ヨリエが一人残る。

ヨリエ「……言葉の倉庫、か。私も、いっぱい溜め込んでるのかしらね」

ヨリエが箱を見つめる。

ヨリエ「……"ありがとう"。やっぱり、捨てられないわね」

暗転
(完)

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