日常の狂気

登場人物： 林（神経質そうな雰囲気、スマホヘビーユーザー） 岡本（のんびりした性格、やや天然） 街角の待ち合わせ場所。ベンチ、街路樹が見える。晴れた昼下がり。林がしきりに手を振り回し、顔の周りを払っている。イライラした様子。 林「もうっ！ しつこいな・・・あっち行け！」 手を振り続ける林。そこへ友人の岡本が登場。 岡本「待った？」 林「あぁ、いや・・・(手を振り続ける)」 岡本「・・・どうした？ なにやってるの？」 林「虫が、ずっとついてくるんだよ」 岡本「あぁ・・・それはうっとうしいね。さ、行こう」 岡本は先に歩き出そうとする。林は動かない。 岡本「・・・おい？」 林「移動してもついてくるから、ここでなんとかする」 岡本「(戻ってくる)そのうちいなくなるでしょう？」 林「(自分の服を嗅ぐ)今日、俺、変な匂いする？」 岡本「(軽く嗅ぐ)いや別に」 林「じゃあなんで虫が・・・(手を止める)あ！」 林、ポケットからスマホを取り出す。 林「通知だ」 林、画面を見つめる。 林「・・・クーポンか」 岡本「あは。ちょっとがっかりするやつ」 林「がっかりはしない。(周りを見回す)・・・あれ？ 虫がいない」 岡本「ほんと？ よかったじゃん」 林「まさか・・・これが”虫の知らせ”ってやつか？」 岡本「虫の知らせ？ それって悪いことが起こる予感のことでしょ」 林「いや、スマホの通知！ ほら、赤い丸のやつ」 岡本「ああ、通知バッジね」 林「あれ、虫みたいだろ？ ずっとついてくる感じが」 間。 岡本「言われてみれば」 林「で、通知を確認したら虫が消えた」 岡本「それ、ただの偶然じゃ・・・ん？(手を払い始める)」 林「どうした？」 岡本「なんか・・・虫が」 林「え！？」 岡本「虫がこっち来たよ、うっとうしいなぁ！(激しく手を払う)」 林「おい、スマホ見てみろよ！」 岡本「(スマホを取り出す)・・・通知来てる」 林「開けてみろ！」 岡本「(画面をタップ)・・・クーポンだ」 林「虫は？」 岡本「(周りを確認)・・・いない」 林「やっぱり！ 虫の知らせだ！」 と興奮する林。しかし再び手を払い始める。 林「また来た！」 岡本「え、もう？」 林「(スマホを確認)また通知・・・またクーポン」 岡本「(手を払い始める)あ、こっちにも」 林「お前も！？」 岡本「(スマホ確認)通知来てる」 林「開け開け！」 岡本「(タップ)クーポン」 林「(また手を払う)また戻ってきた！」 岡本「(同じく手を払う)こっちも！」 二人、同時に手を払い続ける。困惑した顔を見合わせる。 林「これ、永遠に続くんじゃないか？」 岡本「クーポンって、そんなに来る？」 林「俺、いろんなアプリ入れてるから・・・」 岡本「じゃあ、通知オフにすれば？」 林「(真顔で)それはできない」 岡本「なんで？」 林「通知見逃したら、限定クーポン逃すかもしれないだろ」 岡本「それは、そうだけれども」 林「クーポンのために虫を受け入れるか、虫を避けるためにクーポンを捨てるか」 岡本「重い選択だな・・・って、そんなわけあるか！」 林「お前、クーポンなしで生きられるか？」 岡本「られるよ！」 林「俺には無理だ」 岡本「完全にクーポン依存症だよ」 林「(諦めたように)虫と共に生きるしかないな」 岡本「風の谷のナウシカか」 間。 林「(急に)あ」 岡本「どうした？」 林「虫が、いなくなった」 岡本「(確認)ほんとだ。バッテリー切れたんじゃない？」 林「え？」 岡本「スマホの」 林「(スマホ確認)あ、ほんとだ。20%切ってる」 岡本「省電力モードで通知止まったんだよ、きっと」 林「そういうことか・・・」 岡本「よかったじゃん。行こ」 林「・・・虫が・・・いない」 岡本が歩き出すが、突然、激しく手を振り回し始める。 岡本「うわぁぁぁっ！(手を払う)」 林「どうした？」 岡本「虫が・・・すごい！」 林「(目を輝かせて)いいなぁ！ くれよ！」 岡本「くれよってなんだよ」 林「だってクーポン来てるってことだろ？」 岡本「やっぱり依存症じゃん！」 暗転。 （了） ビジュアルシミュレーション

日常の狂気

コント台本『ゾンビの概念がない世界の親切な人たち』作：第三字宙

コント台本『ずっと虫がついてくる』作：第三字宙