目次
タイトル「ウチゅう」こんのかつゆき
あらすじ:
宇宙飛行士の佐藤は、ある実験のために宮谷とともに、宇宙生活をしていた。佐藤は実験生活に疲労した宮谷を不安視し、別所に相談する。その実験は、人類の宇宙進出に必要な極秘裏の実験だった。
登場人物:
佐藤 男 宇宙飛行士研究員(30代)
宮谷 女 宇宙飛行士研究員(30代)
別所 性別不問 司令室主任(40代)
栗木 性別不問 司令室担当(50代)
※◯の柱は読まない。台詞は洋画吹き替えのように読む。台詞終わりの「、」次の人は食い気味に読む。?
戯曲:
○船内のこと乗組員のこと
殺風景な部屋に、簡素なテーブル。飾り気のない無機質なシャツにズボン姿の佐藤が、イスに座っている。木の苗からシャーレへ組織を移し、簡易解析用のスティックで調べ物をしている。そのそばには、立体映像の別所が立っている。
- 佐藤
- コスプレ?
- 別所
- あぁ、ナースとか、キャビンアテンダントとか、その職業の服装に萌えるフェチズムを利用したプレイだ。で、俺が見たのは、メイド服。ご主人さま、いけませんって、
- 佐藤
- シチュエーションを楽しむわけだ。
- 別所
- そう、で、肝心なのは、服を脱がさないことなんだが、わかってないメーカーだと、服を全部脱がせちまう。
- 佐藤
- ふーん、それで?
- 別所
- だから、体が気になるなら、着せたままでよ、
- 佐藤
- 相手の同意がいるよね?
- 別所
- その気になってれば、どうとでもなる。
- 佐藤
- ありがとう、参考にするよ。
- 別所
- …宮谷さんの様子はどうだ?
- 佐藤
- うん、まぁ…。
- 別所
- あんまりよくないようだな。
- 佐藤
- 何もない空間に、二人だけってのが気づまりなんだろ。
- 別所
- そういえば、もう半年か、
- 佐藤
- かな、6か月。そう、ちょうど6か月だ。
- 別所
- だとすると、6回はチャンスがあったわけだ。
- 佐藤
- だってチャンスったって…、まぁ、理論上はね。でもそれは、
- 別所
- 机上の空論だろ?わかってる。だがな佐、
- 宮谷
- 佐藤さん、ちょっといい?
宮谷が部屋の入り口に立っている。
- 宮谷
- ごめん、話し中だったのね。
- 佐藤
- いつもの定期通信さ、指令室の。
- 宮谷
- …の?
- 佐藤
- 別所さん。
- 宮谷
- ん…。そう…。そうだったね。
- 佐藤
- なにか問題でも?
- 宮谷
- もうすぐだから、あれ。
- 佐藤
- …あぁ。
- 宮谷
- 何も言わないのも悪いかと思って、じゃ、またあとで。
- 佐藤
- あぁ、声かけるよ。
宮谷去る。
- 別所
- 誰と話しているかもわからない。
- 佐藤
- 俺が誰と話しているかって?そんなのわかるだろう。ここで話す相手といえば、宮谷研究員か、別所主任しか。
- 別所
- お前もだいぶきてるみたいだな。
- 佐藤
- 俺は大丈夫。
- 別所
- お前が大丈夫でも、相手が、
- 佐藤
- だから今夜こそ、なんとかして実験を、
- 別所
- 佐藤研究員。
- 佐藤
- …なんですか、別所主任。
- 別所
- もう半年。当初の計画では、もう帰還している時期だ。今夜が最後のチャンスだと思ってくれ。
- 佐藤
- …わかっております。
暗転。
◯宮谷の部屋
宮谷が立体映像の指令室の栗木と話している。
- 宮谷
- 今日も、いつもの調子でした。
- 栗木
- そうですか。半年を目途にしていたプロジェクトなのは理解していますよね?
- 宮谷
- はい。栗木さんも、今まで、ありがとうございました。もうこれで。
- 栗木
- !?…すると?失敗となりますが、いいのですか?
- 宮谷
- 疲れてしまって。散々引き伸ばしてきましたが、やはり、佐藤さんのあの姿を見ると、これ以上は。
- 栗木
- そうですか…。では手続きを進めますね?
- 宮谷
- はい…。よろしくお願いします。
- 栗木
- 彼は進めるつもりです。用心はしてください。
- 宮谷
- 気をつけます。
- 栗木
- では、
- 宮谷
- 待ってください、栗木さん。ひとつお願いが、
暗転。
佐藤の声が聞こえてくる。
- 佐藤の声
- 承知いたしました別所主任。今日こそ、宮谷さんと性交します。
○映画
質素な部屋、椅子が二脚。
宮谷が、赤い布が被せられた椅子に座っている。
椅子の後ろで、佐藤がケーブルの配線をつなげている。
客席側にスクリーンが下がっているが、舞台上には見えない。
- 宮谷
- 手伝おうか?
- 佐藤
- もう少し、これを挿せば終わりだから。
- 宮谷
- 大丈夫?…。
- 佐藤
- ここだけだから。できた。
佐藤も赤い布が被せられた椅子に座り、ライトを消す。
- 宮谷
- ちょっと!?
宮谷が椅子を立ち上がり逃げようとしている姿が、プロジェクターの光で浮かびあがる。
- 佐藤
- 座って。
- 宮谷
- 暗くする必要ある?
- 佐藤
- 映画館だよ。
- 宮谷
- 映画館はいいんだけど、もう少し明るくしてくれない?なにも見えなくなると困る。
- 佐藤
- プロジェクターの光があるから。ほら、始まった。
スクリーンに映画が映し出された光。
映画が流れているが、音も、映像も舞台上には映されない。
- 宮谷
- 映画はなんて?
- 佐藤
- すっごい昔の。知ってるかな。ファイトクラブ。
- 宮谷
- あぁ…。え?なんで?
- 佐藤
- 知ってる?
- 宮谷
- 父のアーカイブにあったから、でも、なんで?
- 佐藤
- なんで?え?そんなに?
栗木の立体映像が現れる。
- 佐藤
- うぉ、
- 栗木
- お久しぶりです、佐藤さん。
- 佐藤
- あぁ栗木さん、お久しぶりです。担当変わったんじゃ。
- 栗木
- いえ?…まぁ、えぇ。はい。宮谷さんが動揺のシグナルを出していらっしゃったもので。
- 宮谷
- (栗木に)わかってやってるんでしょうか?
- 佐藤
- 宮谷さんの好みじゃない?
- 栗木
- そうですねぇ、女性向きではないかもしれませんね。ねぇ、宮谷さん。
- 宮谷
- え?えぇ、わたしこれ好きじゃない、かな。
- 佐藤
- え?どこ?暴力?
- 宮谷
- そうね。とにかく、まずは明るくして。
と、宮谷、ライトのスイッチをつける。ライトが点く。
- 佐藤
- …わかった、うん。次の用意するから。栗木さん、それじゃ。
- 栗木
- はい。
佐藤、部屋から出ていく。
- 宮谷
- 深い意味はなく?
- 栗木
- あるいは、無意識に訴えているのか…。
- 宮谷
- …。
- 栗木
- 飲み物を持ってくるようです。念のため成分解析を。私は、戻ってくる前に消えますね。モニターしていますから。
栗木、消える。
佐藤が部屋の奥から、グラスワインを持って現れる。
○ワイン
- 佐藤
- グラス!
- 宮谷
- どうしたの?
- 佐藤
- 実験に使うから。乾杯しよう。
と、2人グラスを鳴らすが、プラスチック製なので乾いた音。佐藤は一口、口につけるが、宮谷は佐藤の様子を見ている。
- 佐藤
- ワイン苦手だった?
- 宮谷
- 申し訳ないんだけど、あ、飲むよ?飲むけど、こういう環境で飲むのは初めてだから、拭くものもらえる?
- 佐藤
- あると思う。
佐藤が部屋を去る。
宮谷が、植木の横にある成分解析用の簡易スティクを腕についたデバイスに繋ぎ、ワインに差し込む。
解析結果が出る前に、佐藤が現れる気配。
宮谷は、簡易スティクをハンカチで拭いてポケットにしまう。
宮谷のポケットからハンカチがはみ出ている。
佐藤、布切れを持って現れる。
- 佐藤
- おまたせ。なんだ、ハンカチ持ってたんだ。
- 宮谷
- …あれ?本当だ。ありがとう(と、布切れをもらう)。
- 佐藤
- それじゃ、乾杯。
宮谷、乾杯の仕草だけ。
佐藤、飲みきるが、宮谷はまだ口をつけない。
- 佐藤
- やっぱり苦手?
- 宮谷
- う、ううん。もうちょっと待って。
- 佐藤
- 待つ?
- 宮谷
- …!ほら!ワインて空気を含ませたほうが良いって言うじゃない?
- 佐藤
- そうか。次は俺もやってみよう。
と、佐藤が奥の部屋に消える。
ピピっと簡易スティックが鳴り、宮谷が取り出して確認する。
- 宮谷
- 栗木さん、34PNDNでした。
栗木が牛乳を持って現れる。
- 栗木
- 喉が乾きまして。
- 宮谷
- その報告はいらないです。
- 栗木
- えー34?
- 宮谷
- 34、PN、DN、
- 栗木
- 34、PN、DN。マニュアルによると、アルコールのみで、毒物や薬品の使用はない、と出てます。
- 宮谷
- 飲んでも?
- 栗木
- 苦手でなければ。
佐藤がワインを注ぎ直してグラスを持って現れる。
- 佐藤
- あれ…。
- 栗木
- またお会いしましたね。
- 佐藤
- 栗木さん、申し訳ないんですが、ミッション中に出てこないでもらえませんか?担当は別所主任ですし、
- 栗木
- え、えぇ、そうですね…
- 宮谷
- わたしが呼んだの、
- 佐藤
- なぜ?
- 宮谷
- 久しぶりに通信機を使ったから、操作を間違えて。
- 佐藤
- そっか、そうだよね。定期通信は俺がやってたしね。栗木さん、お騒がせしました。
- 栗木
- えぇ、どういたしまして。
栗木、消える。
- 佐藤
- 頻繁に出てこられると、やりにくいんだよなぁ。
- 宮谷
- だから、ごめんね、わたしが、
- 佐藤
- あ、いいんだよ。じゃ、気を取直して、乾杯!
- 宮谷
- …かんぱい。
2人、ふたたびグラスを重ね、ワインを飲む。
- 宮谷
- …ワインって、こんな味だっけ。
- 佐藤
- これ、割といいワインなんだよ。ピノ・ノワールで、新世界系、チリワインなんだ。
- 宮谷
- へぇ、
- 佐藤
- こんな味だっけって言ったのは鋭い指摘で、葡萄というより、イチゴやチェリーっぽさが特徴なんだよね。
- 宮谷
- いわれてみれば。
- 佐藤
- ワインてさ、美味しくするために品種改良してるじゃない?土の組み合わせもそうだけど、苗から芽接ぎして、好みの傾向のものだけを選んでいって。
- 宮谷
- そうね。
- 佐藤
- 僕たちの実験もさ、品種改良でもあるのかな、なんて、思ったりしたんだけど、今。
- 宮谷
- かもね。新しい土でも葡萄は育つか?ってところかな。ね、実験の話したいの?
- 佐藤
- …!忘れて。白もどう?
- 宮谷
- ん。あ、でも、もういいや。ありがと。
- 佐藤
- 一杯じゃ足らなくない?
- 宮谷
- 久しぶりで、ちょっと、
- 佐藤
- 横になる?
- 宮谷
- ゆっくりしてれば大丈夫だから。
佐藤、ライトのスイッチを消す。
○天体観測
- 宮谷
- だから!消さないでって、
- 佐藤
- しー、静かに…。
宮谷、暗闇の中で落ち着かない。
次第に、外の明かりが入ってきて、部屋が明るく見えてくる。
- 佐藤
- 聞こえるでしょ?
- 宮谷
- なにが?
- 佐藤
- 星の音。
- 宮谷
- あぁ、恒星の外側から音を発して、それが籠もって鳴るってやつね。
- 佐藤
- そうなのだけどね…。
佐藤と、宮谷、外を眺めている。
会話が冷めた空気の間。
- 宮谷
- 実際の宇宙って地味。
- 佐藤
- 資料とは明るさがぜんぜん違うよね。
○実験とはなんだったのか
- 宮谷
- 何も知らないほうが、もっと素直にこの旅を楽しめたのかしら。
- 佐藤
- 旅か。
- 宮谷
- 地球のまわりをクルクルと。
- 佐藤
- 何周しただろう。
- 宮谷
- 24時間でえぇっと、…もう6ヶ月も経ってるから計算面倒。
- 佐藤
- 6回は機会があったんだよな…。
- 宮谷
- やっぱり実験の話したいんじゃない?
- 佐藤
- そうじゃないけど…。や、もちろん、そのために来たんだけども。
- 宮谷
- 佐藤さんは、自分の重力装置のことしか考えてないものかと。
- 佐藤
- そんなこと、
- 宮谷
- 重力装置は有意義ね。地球と変わらないこの状態なら成功だわ。
- 佐藤
- だから、君の実験で更に効果を立証する必要があるんだ。
- 宮谷
- わたしの実験、正直なところ、どう思ってる?
- 佐藤
- 正直なところ…。
- 宮谷
- 非人道的でしょ、
- 佐藤
- 早合点だな、まだ何も、
- 宮谷
- 提案した時もみんなそう言ってた。子供を作る実験なんて。
- 佐藤
- 愛の結晶って考え方がね、根強いから。
- 宮谷
- 人類の発展に、宇宙進出が不可欠と言っても、宇宙で生まれる赤ん坊の検証までは踏み込めてないんだよ。動物実験止まりで停滞してる。
- 佐藤
- 胎児が放射線の影響を多大に受けるっていうのが、その…、
- 宮谷
- そんなこと、私の専門なんだからわかってるわよ。
- 佐藤
- ごめん。
○疲れて眠る
- 宮谷
- …こちらこそ、ごめんなさい。酔ったみたい。ちょっと寝る。
- 佐藤
- あ、かけるものを持ってくる。
佐藤、部屋から出ていく。
宮谷、星を眺め、腹に手をあて、静かに目を閉じる。
佐藤がブランケットを持って帰ってくる。
- 佐藤
- これ…
宮谷の静かな寝息。
佐藤、宮谷に近づき、肌に触れようとするが、止める。今度は下に動いて、服に手をかける。が、その手を止め、ブランケットをかけてその場を離れる。
○触れないのか
別所の立体映像が現れる。
- 別所
- おい。
- 佐藤
- 別所さん、見てたんですか。
- 別所
- 当たり前だろ、監視してんだから。
- 佐藤
- 栗木さんばかり出てくるので、すっかり忘れてました。
- 別所
- いい加減にしろ、今だろ、早くしろ。
- 佐藤
- ちょっと休んでいるだけじゃないですか。
- 別所
- そうやって先延ばしをして逃げてきたんだお前は。
- 佐藤
- ち、違いますよ。
- 別所
- 映画?ワイン?宇宙の話?いいよ、いいな、良かったと思う。素敵なデートだ。で。なんで、次をはじめないんだ!やれよ!性交しろ!着たままでいいんだ簡単だろ?
- 佐藤
- そういうのが嫌なんで、俺なりに、自分の気がすむように、
- 別所
- お前の感情なんてどうでもいい。やるっつったろ!?やれよ、なんでやらねぇんだ?え?
○帰還の判明
- 佐藤
- 実験がうまくいけばいいんでしょ?だったら、俺の感情で行動したっていいじゃないですか、
- 別所
- うまくいく見込みがねぇから言ってんだよ!お前、最後のチャンスつったの覚えてねぇのか。
- 佐藤
- まだ時間はあるじゃないか。
- 別所
- 時間がある?そう思ってんの?馬鹿だな、もう地球行きの軌道に入ってるの、気づいてなかったのか?
- 佐藤
- え…!
佐藤、窓の外を眺める。
- 佐藤
- アラートが鳴ってないのに、
- 別所
- 宮谷だろ?お前に内緒で帰還コールかけたんだ、アラートなしにしてくれって。
- 佐藤
- そんな…。
- 別所
- もう諦めてんだよ、お前の相棒は。なのにお前ときたら…。残念だな佐藤研究員。いや!重力装置は成功だ。本当に残念なのは宮谷研究員だよ。性交できずに成功できずだ。
- 佐藤
- 知ってて、けしかけたのか?
- 別所
- お前だって、薄々気づいてたんだろ。人のせいにするな。
- 佐藤
- 俺のせいじゃない、俺はやろうとした、俺はやろうとしたんだ。
- 別所
- もういい。もういいんだよ、佐藤研究員。君の嫌いなこの生活はもう終わりだ。おめでとう。
- 佐藤
- うるさ!うるさうるさ!
○目覚める
宮谷が目を覚ます。
別所は消える。
- 宮谷
- なにかあったの?
- 佐藤
- このタイミングで帰還コールってどういうことだ?
- 宮谷
- だって、
- 佐藤
- せっかく、俺が。なぜ相談なく勝手に…!
佐藤が宮谷に迫る。
○宮谷、栗木に助けを求める。
- 宮谷
- !…栗木さん!栗木さん、聞こえますか?助けてください!
- 佐藤
- また栗木、
宮谷が部屋から出ていこうとする
- 佐藤
- 待て!何を企んで、
- 宮谷
- 栗木さん、助けてください!無理そうです!現に私が、もう無理!
- 佐藤
- ちょっと待って、
- 宮谷
- なんででてきてくれないの?栗木さん!!
部屋の中を逃げ回る宮谷、追いかける佐藤。椅子、テーブル、赤い布、白い布が、ごちゃごちゃになり、部屋の外へ投げられる。
○栗木が知ること
栗木の立体映像が現れる。
- 佐藤
- うわっ!
- 栗木
- 宮谷さんすみません。トイレに行っておりました。大便です。牛乳が(よくなかったようです)、
- 宮谷
- その報告いりません!それより佐藤さんが、
- 栗木
- はい、モニターの記録を見返しています。帰還コースに気づいたようですね。
- 佐藤
- なんでだ!
- 宮谷
- だって、もう…、
- 栗木
- 佐藤研究員、落ち着いてください。この実験はもう予定期間を過ぎているのです、
- 佐藤
- わかってますよ!今日が最後のチャンスだって別所さんが。あなた担当じゃないでしょうが!
- 栗木
- その別所さん、ですが、そもそも、別所なんて担当はいません。
- 佐藤
- は?
- 栗木
- あなたが、話していたという別所は、あなたしか見えていないんです。
- 佐藤
- なんだって?
○別所はいない
モニターに佐藤が写っている。植木の苗から、組織をシャーレに移し解析している。一人で話しつづけている。
- 佐藤
- うそだろ、こんな落語家みたいなこと、俺、
- 宮谷
- 若手の真打みたいだった、
- 佐藤
- うるさ!
佐藤、宮谷が近づくのを許さない。
宮谷、佐藤から距離を置く。
- 宮谷
- こんなに追い詰められてる姿を見たら…、
- 栗木
- 重圧から逃れるために、別人格を作り上げたのかもしれませんね…。
- 宮谷
- もういいでしょ。
- 栗木
- いかがでしょうか佐藤さん?
○佐藤の自覚
- 佐藤
- そういう振りをしてただけなのかもしれません。
- 栗木
- ?もしや、自覚があった?
- 佐藤
- …えぇ、よくあるでしょ?鏡の自分にむかって、ハッパをかけるって。あれと同じですよ。はじめての日、宮谷さんとできなくって。自分のせいなんだって思って、だから、次の機会にはちゃんとできるように自分にハッパかけ続けてたんです。そしたら、次第に鏡がいらなくなって…。
- 宮谷
- …。
- 栗木
- はじめての日のこと、教えてもらってもいいでしょうか?始終モニターしているとはいえ、我々もまだ躊躇があったので、オフにしていたのです。
- 佐藤
- それは…。
- 宮谷
- わたしから。いいよね?
- 佐藤
- …あぁ…。
○はじめてのあの日
- 宮谷
- はじめてのあの日。恋人でも夫婦でもない、実験として参加している二人が、妊娠を目的に宇宙で性交する。緊張して、なかなか始まる気配はない。それで思い切って、わたしのほうから服を脱いだんです。
- 栗木
- 勇気がいりましたね。
- 宮谷
- わたしの体の大きな火傷の跡。それを初めて見た佐藤さんの目が、恐れのような、怯んだ顔を。
- 佐藤
- …。
- 宮谷
- それで、わたし…。わたしの体って、汚いのかなって、
- 佐藤
- そんなつもりじゃ、
- 宮谷
- だから、それ以来、佐藤さんに心を開けなくなり、そしたら、だんだん佐藤さんの様子がおかしくなっていって。
- 栗木
- 最悪な状況でしたよ。片や心を開かず、片や別人格との会話。強制的に帰還させようとこちらで判断しました。
- 佐藤
- でも、半年も。
- 栗木
- 佐藤さんは戦っていました。宮谷さんのために。自分ともう一人の人格を戦わせて。モニターの記録を見返した時、わたしが宮谷さんを説得したのです。
- 佐藤
- 俺の記録、
一瞬、暗転
○記録映像
佐藤が一人で話している。
佐藤と、佐藤が演じる別所(別所佐藤)が交互に切り替わる。
- 別所佐藤
- なぜ宮谷の実験にこだわるんだ。研修で習ったよな?宇宙での性交、妊娠がどれだけ危険か、
- 佐藤
- わかってるよ。その実験を実現するために重力装置があって、その担当者が俺なんだから。
- 別所佐藤
- 重力装置はもうすでに実証済みだ、だから、お前の担当分はクリアー。それで充分だろ?
- 佐藤
- いや、でも、宮谷の実験が、
次第に「別所佐藤」と別所が入り交じる。
- 別所
- 宮谷は、お前のことを拒否してる、宮谷の実験は失敗だ。
- 佐藤
- いや、失敗じゃない。拒否してる原因は俺なんだ。俺が変われば、彼女だって。
- 別所佐藤
- そうかぁ?俺はそうは思わねぇけど。
- 佐藤
- …。そう思うか?
- 別所
- 日和んなよ。
- 佐藤
- どっちだよ。
- 別所佐藤
- どっちだろうな。
- 佐藤
- 変わりたい。
- 別所
- じゃあやれよ、お前の責任で、お前が選択しろよ。
- 佐藤
- 失敗したくない。
- 別所佐藤
- 必ず成功できることしかやらないのか?
- 佐藤
- それは実験ではない。
- 別所
- なんなんだよ、お前!
- 佐藤
- うるさ!やるんだよ、俺は、宮谷の実験に協力するんだ!
一瞬暗転。
○宮谷は理解
栗木、宮谷が、佐藤を見ている。
- 宮谷
- 佐藤さんは、私の実験を成功させようとしてくれました。そういう意志があった。だから、できるだけ、受け入れるように努力しました。
- 栗木
- 理解してくれて、ありがとうございます。
- 宮谷
- そのあとは、ご承知の通り。佐藤さんは苦しみながら、わたしの予定日に合わせて、デートを繰り返しました
- 佐藤
- やろうとすれば、やろうとするほど、怖がらせてしまって…。
- 栗木
- そうですね…。思春期かって、くらい。
佐藤と、宮谷、栗木を軽く睨む。
- 栗木
- 失礼、牛乳が思いの外、強力で、ちょっとトイレに、
- 宮谷
- その報告いいです…。
栗木の立体映像消える。
○宮谷の本音
- 佐藤
- なんで言ってくれなかった。
- 宮谷
- あなたは別所さんとの会話に夢中で。
- 佐藤
- …そうか。やっぱり俺が原因か。
- 宮谷
- 何か一つが原因じゃない。簡単に割り切れるものでもないの。
- 佐藤
- 何も知らなければ、素直に旅を楽しめた、のかな。いや、そうじゃない、…くそ、別所との会話癖が抜けない。
- 宮谷
- 誰でも良かった。
- 佐藤
- え?
- 宮谷
- 精子の提供者さえいれば、誰でも構わなかったのよ、私の実験には。でも、あなたはそうじゃなかったんだよね。
- 佐藤
- …。
- 宮谷
- でもまさか。実験でただセックスするだけなのに、あなたの怯んだ顔を見た時、わたし、傷ついちゃったのよね。
- 佐藤
- ごめん。
- 宮谷
- 想定外だった。意外にロマンチストだった。それから、自分の実験を疑いだして。愛の結晶じゃなきゃいけないんだって、実は私も思ってたんだ。
- 佐藤
- 俺とできないのは、そういう気持ちになれないからか?
- 宮谷
- わからないの。はじめから期待しなければ、あなたが怯んでも、無理やりしちゃえばいいわけだから。だから、しない、できない理由って、もっと複雑で…。
- 佐藤
- なにが、いったい、
- 宮谷
- はっきりしたい?
- 佐藤
- どうしようわからない、
- 宮谷
- わかるのは、わたしが嫉妬してたってこと。
- 佐藤
- 嫉妬?誰に?
- 宮谷
- あなたの才能に。佐藤さんは、こんなすごい重力装置の技術を持ってる。なのに、私は、自分の実験ができないことに苛立っている。
- 佐藤
- でも、それは、
- 宮谷
- あと一つあるの、その苛立ちをぶつけられないこと。だから、今、決別したいの。
○別所との決別
宮谷、しばらくして、別の方向に声を掛ける。
- 宮谷
- 別所さん、聞こえますか?
- 佐藤
- いないんだよ別所は。俺の中にしかいないんだから、
- 宮谷
- 別所さん、わたしです。宮谷です。
佐藤は沈黙している。
- 宮谷
- ずっと、あなたが、佐藤さんを支えてたんですよね。
佐藤は沈黙している。
- 宮谷
- ありがとうございます。もう、大丈夫です。大丈夫だと思います。わたしが、佐藤さんと、
- 佐藤
- 俺を?なんだって?
- 宮谷
- あなたじゃないの。別所さんに話しかけてる。
- 佐藤
- もう別所は、
- 栗木
- 別所だけど。
宮谷と佐藤が、現れた栗木の立体映像を見る。
- 宮谷
- …別所さん?
- 栗木
- あぁ、別所だ。
- 宮谷
- …。いままで、ありがとうございました。これから地球に帰ります。お別れを言いたくて。
- 栗木
- お別れを言うのは、君じゃないんじゃないか?なあ、佐藤。
佐藤が驚き、硬直する。
- 栗木
- 頑張ったよ。お前、いや2人よくやった。胸張って帰って来いよ。
- 佐藤
- やめてください栗木さん、別所なんて人はいなんだから。
- 栗木
- そうだ、俺はお前の中にしかいない。だからお前はいつまでも俺に話しかけようとしている。
- 佐藤
- 俺が?
- 栗木
- ちがうか?
- 佐藤
- いや、だって、まだ、
- 栗木
- ほら。…いいんだよ、問いかけるのは。だが、それは俺、別所じゃない、自分にだ。そして、周りの人間にだ。
佐藤、沈黙する。
- 宮谷
- 別所さん、彼はまだ、
- 栗木
- 俺は、佐藤に問いかけてる。
- 宮谷
- …。
- 栗木
- …佐藤。お前はもう、俺なんか必要ない。
- 佐藤
- 別所さん…。
- 栗木
- 大丈夫だよ、大丈夫。お前には、俺よりも、もっと話せる人がいるんだ。
佐藤と宮谷、互いを見つめる。
- 佐藤
- ありがとうございます、別所さん。
- 栗木
- おう。
- 佐藤
- …さようなら。
- 栗木
- …おう。
栗木の回線が切れる。
○人間の帰還
アラートが鳴る。
人工合成音「まもなく大気圏層への突入準備に入ります。乗務員は速やかに突入準備態勢に入ってください。」
- 佐藤
- …あの、帰りますか。
アラームが鳴り響く。
- 宮谷
- …地球に帰ったら、何したい?
- 佐藤
- 映画を観て、そのあとワインを飲みませんか? 今度は、誰にも邪魔されずに、
- 宮谷
- もちろん。
宮谷と佐藤、地球の光を浴びながら、パイロットスペースへ。青白い光が満たされて溶暗。
(終わり)