どうもビニール製の傘です。
ちょっとだけ大きいのでリュクサックも雨から守る事ができます。
ご主人は、ご飯を食べるみたいで、僕をラーメン屋の傘置き場に入れました。
さっきまで降っていた雨が止んだので僕以外に傘はいませんでした。
ご主人がご飯を食べている間、外を眺めていると、道の方からしゃがれた声が聞こえてきました。
「よう、兄弟、ちょっと手を貸してくれねぇか」
折れた傘でした。
風で折れてしまって、捨てられたのでしょう。
「直せばまだ使えるはずなんだ、ちょっと、直せる奴を呼んでくれよ」
僕は知っています。折れて捨てられた傘は、もう傘の役目を果たせない事を。
「なんだよ無視かよ。ケッ!どうせお前も忘れられた傘なんだろ?」
そんな事ないですぅ、今そこでご飯食べてるだけですぅ。
「お前無知だなぁ、空見てみろよ、晴れてんだろ?こういう時の人間は、傘なんて見向きもしねぇのさ」
僕はもう彼の相手をするのをやめました。しばらくして、ご主人がお店から出てきました。
…。
ご主人は、そのまま遠くに行ってしまいました。
「おう、あれかい?お前のご主人ってのは。あぁ〜あ、行っちゃったな」
折れた傘の言う通り、人間は晴れた時には傘に見向きもしませんでした。
「まぁ、もしお前が上等な傘だったら取りにくるだろうが、ビニール傘だろ?もう戻ってこねぇな」
僕もそう思います。ご主人は僕を取りには来ないでしょう。
「そんなしょげんなって、また雨が降れば、誰かが持ってってくれらぁ。それに比べて俺なんか…」
…どうなるんですか?
「掃除されてゴミ箱行きさ。リサイクルされたらいいけどよぉ。なんでも、直すより新しい傘作る方が安いんだとよ」
僕達ビニール傘は大量生産されるから安く作れて、だから誰もが傘を手にできるんだよ、と工場のおじさんから聞いた事があります。
そして、折れた傘と身の上話をしました。彼は僕の工場と違う場所で作られたようです。そもそもメーカーが違うようでした。
前のご主人と行った場所の思い出を語り合いました。いつも雨がふっていたけど、どこも素敵な場所でした。
…。
夜になりました。
あれから雨は降らず、僕はラーメン屋の傘入れの中にいます。折れた傘は、風に吹かれてさっきよりも遠くにいました。
「おう、聞こえるか?もうお前とは会うことはないと思うけどよ、今度はお互い良いご主人に出会えるといいなぁ」
折れた傘は、また風に吹かれてどこかに消えました。
ラーメン屋にお客ははいるけど、傘が必要そうな人は来ません。このまま、このお店の傘になるのかなぁ。
それもいいな。困ったお客さんに差し出される傘。もしそれが小さな女の子だったら嬉しいなぁ。
この大きな体で、その女の子を優しく包むんだ。きっと長靴も履くだろう。カッパも着るのかな。その女の子と一緒に色んなところに行きたい。
そうして期待にカバーを膨らませていると突然手元を掴まれました。
あ、新しいご主人だ!小さい女の子かな!?
よくみると、むっさいオッサンでした。ってゆうか前のご主人でした。
えぇー…。つうか、…えぇぇぇ〜…。空気読めよぉ。
なんか取りに来たみたいです。このオッサン。
ビニール傘わざわざ取りに来るなんて、なんて貧乏臭いんでしょう。あー、やだやだ。なんで小さい女の子じゃないんだよ。
だいたいさ、ビニール傘をメインにしてる奴にロクなのいないよね。しかも何本もビニール傘持ってるしさ。出かける前に天気予報みとけって話ですよ。
あ〜、また忘れないかなぁ。じゃなきゃ、いつか強い風が吹いた時、飛ばされてやろう。
それまではしょうがないから、また雨から守ってやるかぁ。