猫を勝手に名付けている。名前は朝。白い身体に茶色の斑。鼻の下にもヒゲ剃りを失敗したような感じの斑があって愛嬌ある顔をしている雑種。こいつを見たのは秋だった。
通学路になっている長い坂を学生が上ってくる。引っ越しをしてこの土地にも慣れ、彼らの表情を見る余裕もできた。僕は彼らとは逆に自転車でゆっくり下って行きながら、学生達がある所に笑顔を向けているのに気づいた。
コケの生えたブロック塀の上に、茶斑の猫がいた。
茶斑の猫は日向ぼっこをしている様子で微動だにしない。携帯電話を構えた学生が写真を撮るためか下り側の方へ飛び出してきた。僕は学生を避けようとブレーキを握る。キーっと音がして、学生が止まり、僕は自転車を降りた。
茶斑の猫は音に驚いたのかどこかに消えてしまった。
あ〜あ、という感じで学生は携帯電話を仕舞って坂を上って行き、僕は自転車に乗って茶斑の猫の事を考えながら坂を下っていった。
それ以来、毎朝、坂を降りながら茶斑の猫を探すようになった。そうやって過ごしていたら、茶斑の猫が逃げるような音を出さずにやさしくブレーキを握るコツを覚えた。そして茶斑の猫に名前を付けた。朝に見た猫だから朝。名付けてみたものの、実はあの日から見かけていない。
毎日朝は来るが、朝という名の猫は来ない。