ショートショートストーリー「有料の雲」

ショートショートストーリー「有料の雲」

2018-12-22

「ほら、あれがオレんちの雲だよ」

佐藤くんちの雲はとても大きい。

「中村くんちの雲はどれ?」

うちの雲は、お父さんが会社から借りている。お給料からテンビキされているってお母さんが言っていた。どこにあるのか教えてくれない。探そうとすると、

「人んちの雲をジロジロ見るんじゃないの、つかまるよ」

と、言われて怒られる。だからボクは空を見ないようにして生活している。

飛行機に乗るお金があがったらしい。雲をかきわけていかないといけないので、ひとつひとつの雲の持ち主に利用料をとらないといけないから、その分だけお金がかかるんだって。

佐藤くんが指差した雲はとても大きいので、探さなくてもすぐにわかる。ひさしぶりに空を見た。

曇っている。

青空を最後に見たのはいつだったかな。ぼくがもっと小さい時だったかな。あの時はまだ雲は誰のものでもなかったのかな。

雨が降ってきた。

歩いている人たちが「チッ」と舌うちした。雨にぬれるのが嫌なのではなくて、雨が降ると、その雨雲の持ち主にお金を払わなければいけないからだ。この雨雲はもちろん佐藤くんちのだ。雨が降るたびに佐藤くんちにたくさんのお金がはいる。

「中村くんはいいよ、お金はいらない」

佐藤くんは、親友のボクにとても優しい。でも悲しい気持ちになる。うちのお母さんは、佐藤くんちのお母さんと仲良く話すけど、夜になると、お母さんが中村くんちの悪口をお父さんに言っているのを聞いているので、どうして大人は仲良しのフリなんかするんだろうって思う。

雨が止んだ。雲はまだ近くを飛んでいる。

「あの雲が消える前に、また新しい雲買うんだって」

佐藤くんちは、雲を沢山持っている。雨でもらったお金で、また新しい雲を買えるので、ずっと佐藤くんちは雲を持ち続けることができるんだ、ってお母さんが言っていた。

もしボクが雲を買えたら誰のものでもない、みんなの雲にしたいな。そうして、みんなが雲を手放したら、雲は全部誰のものでもなくなって、好きなときに空を眺めることができるのにな。

「あのね、学校のみんなには内緒だよ。うちの古い雲、中村くんちにあげるよ」

ボクはおどろいて、そのあとすぐにうなずいた。

「今日、お母さんに聞いてみるね!オッケーだったら教えるから」

佐藤くんと別れたあと、ボクは急いで家に帰って、お母さんに佐藤くんちの雲をもらえるかもしれないって言った。お母さんはすぐには何も言わなかったけど、あとになって、本当にもらえることになったら教えてね、と優しく言ってきた。

夕ご飯を食べて、お父さんは仕事でいつも遅いので、お母さんと二人でテレビを見ていたら天気予報が流れた。大きな台風がやってくるらしい。この台風はとても強くて、日本の雲はほとんど消えてしまうかもしれないって。ボクは佐藤くんちの雲が心配になった。もらうはずの古い雲も消えてしまうのかな。それはちょっと嫌だな。そういうことをお母さんに言ったら、

「アメリカにお金払わなきゃいけないわね」

って、今度の台風はアメリカのモノなので、日本がアメリカにお金を払うんだよって、教えてくれた。日本の誰がお金を払うのかって聞いたら、わたしたちみんなのお金よ、と教えてくれた。

みんなのお金っていいな。雲もみんなの雲になればいいのにな。

夜、台風がやってきた。お父さんがやっと会社から帰って来て、3人でテレビを見ていた。テレビの台風中けいでは、強い風がふいていて、空には黒い雲がいっぱいにひろがっていた。

「また税金が上がるのかしら」

「そうかもしれないな。あ、会社から借りてた雲なんだけどさ、消えちゃうから、また新しい雲もらわないといけないんだ」

「また、天引きされるの?」

「大丈夫だよ、こういう時のために雲保険に入っているから」

「ならいいんだけど」

「それより、佐藤さんちがなんだって?」

「そうそう、古い雲もらえるかもって言ってたんだけど、期待してるわけじゃないけど…、まぁ、こっちは雨でさんざんお金払ってるから、むしろひとつくらい貰ったって罰はあたらないじゃない?でもよりによって台風が来る時にそんなこと言うなんてね」

お母さんがずっとおしゃべりをしているのをボクとお父さんはだまって聞いていた。そうしてるうちに眠くなってきた。

朝、目がさめると台風はいなくなっていた。お母さんに見送られて玄関を出ると、お父さんが、

「お、空見てみろよ」

と言ったので、お母さんとボクも空を見た。水色の絵具でぬりつぶしたような、なにもない青い空だった。お母さんは郵便を取りにマンションの階段を降りながらこう言った。

「雲ひとつない青空か」

雲ひとつないかぁ。本当に雲は消えちゃったんだなぁ。佐藤くんちの雲も消えちゃったのかなぁ。郵便受けからお母さんがハガキを一枚手に取って、ボクに言った。

「佐藤くんからよ」

ボクはハガキを読んだ。

「中村くん、いつも仲良くしてくれてありがとう。急なんだけど、オレ、引っ越すことになりました。うちの古い雲をあげる約束だったけど、台風が来るので、もしかしたら消えてしまうかもしれない。消えたらごめんね。…あら、佐藤くん、引っ越しちゃうんだ?」

横で読んでいたお母さんが聞いてきた。それには答えず、ボクは佐藤くんちに走った。

佐藤くんちに行く途中、みんな空を見上げていた。なんだかうれしそうに見えた。ボクは悲しい気持ちのほうが大きかった。佐藤くんが消えてしまう前に佐藤くんにお別れを言いたかった。佐藤くんちを目指していっしょうけんめい走った。走っている時に、とても大事なことを思い出した。ボクは佐藤くんちを知らないんだった。

ハガキを見てみると、住所も書いていなかった。なにも考えられなくなって、空を見た。

さっきまでは雲ひとつない青空だったのが、雲がひとつだけ浮かんでいた。

この雲がもし、佐藤くんがボクにくれた雲なら、ボクはこの雲をみんなの雲にしたいなって思って、それで、

「雲ひとつ浮かんだ青空か」

と、お母さんの口調をマネしてみた。

(おわり)

創作過程