二郎を想う、健気な女性の心情に感動。ラブストーリーは苦手だが、背筋の伸びた素直な恋愛は素敵だ。駆け引きのないストレートな告白。着の身着のまま男のもとに飛び込み簡素な結婚式。ささやかな甘い結婚生活。そして別れ。好きな人にキレイな姿だけを見せたい女の気持ちと、夢を追い続ける男の負担にならないように身を引いていく姿。理想の女性を描くのが上手い。
懐かしのジブリ作品を彷彿とさせるシーンの数々。ジブリで育った青少年以上が鑑賞すると楽しめる映画だった。
宮崎駿が観客に心を開いた作品だ。とっつきづらい上司が酒の席で自分の考えていることを開けっぴろげに部下にもわかる言葉で話してくれているような感じ。今までの作品は、観客と一定の距離をとっていたように思うが、今回は完全に好みの世界を開放し「俺はこれが好きなんだ」ってのをわかりやすく見せてくれていた。
正直なところ、鑑賞前の各人の評判を見聞きしていて、観ることに面倒臭さを感じていたのだけれど、本当に観て良かった。もうこれが最後の宮崎駿監督作品でもいい。
劇中で「創造にかけられる時間は10年」といったニュアンスのセリフがある。宮崎監督の10年は本当はもうとっくに終わっていたのだろう。過去のジブリ作品に似たようなシーンが繰り返し出ていたのを見つけるにつけ、彼はこの業界に入った時から完成されていて、70歳を越えた今も当時から持っていたアイデアを使い、それを実現させてきた。
二郎の初めの夢は「魔女の宅急便」の浮遊感。牧歌的な田園風景は「となりのトトロ」の景色。上司黒川は「紅の豚」のピッコロ。軽井沢のホテルで菜穂子が投げた帽子を捕まえようと走る二郎が木にぶつかるカットは「となりのトトロ」でのメイ。自分が設計した飛行機の残骸を見るシーンは「天空の城ラピュタ」のロボット。カプローニとの夢の中の風景は「紅の豚」「耳をすませば」のバロンのシーン…。
劇中で何度もジブリがジブリを模倣していた。ジブリの走馬灯のようでもある。懐かしいと思う全てはジブリ作品由来であった。「アニメではなく現実社会を見よ」と言いながらも現実に立ち戻らせず、ずっとジブリ作品の中にいたいと思ってしまう居心地の良さを作りあげてしまった宮崎駿が、最後に残した思い出アルバムのような映画。
「生きねば」の意味。「生きる」には仕事をして、お金を稼ぎ、食べるものや住む所を確保しないといけない。二郎は監督であった。その二郎が最後に「生きねば」と語ることで、監督は仕事をしつづけなければならないと宣言してしまった。下の世代に対してもっと「生きる」ようにしなさいと、お尻を叩く。
この作品に手をいれるとするなら、歴史の紹介は工場の中から見える景色だけで表現できないだろうか。そうすることで、飛行機の製造工程をもっと細かく描いてみる。取り付け金具や枕頭鋲の話があったが、機体の溶接加工の風景をもっともっと細かく、さらに組み立て工場の人々とのやりとりがあるといいだろう。あ、そうなると、紅の豚っぽくなりすぎるのか。