通勤チキンレースを辞めるためにしなきゃいけないこと

通勤チキンレースを辞めるために、私たちは時間やスピードだけではない価値を創り出し、次世代の働き方で革命を起こさなければいけない。

 

2019年9月8日から9日にかけて台風第15号が都心を横断した。通勤した方はおつかれさまでした。おかげで助かったこともあります、これは本当に。

それにつけても、東京を中心にした労働人口密集地域は、特に通勤時間に問題がある。

一都三県3,000万人以上の人口(東京都1,393万人(うち特別区部963万人)、千葉県627万人、神奈川県919万人、埼玉県736万人)で、日本の全人口の約1/4、日本の労働人口は6720万人(2017年)だから約1/2。もちろん、一都三県全員が労働者ではないが、影響力は大きいだろう。

働く場所は東京で、住む場所は周辺の県であることが多い。だから電車の交通網が発達して、私たちはその電車の便利さによって、いつでも同じ時間に同じ職場に着けることを前提とした働き方をしている。しかし、もういい加減辞めにしなければいけないと思うだ。

それは、以前の大雪の経験が活かされず、今回の台風通過でまた再現された「電車に乗って出勤しなければ」という方々で駅が大混雑している映像を見たからだ。

もちろん、現場でしかできない仕事があり、そういった業種・職種の方々がいることによって受ける恩恵の方が多いのだけれど、それ以外の場合は、もう出勤せずにできる仕事のほうが多くなってきていないか?と問いたい。

ひと昔前の主流だった現場労働の需要と供給が、現在はプログラマーやPCを使った労働に切り替わっていて、なおかつ、これだけインターネットが浸透してクラウド化も進んでいるのに、まだ出勤するスタイルで勤怠を管理する仕組みに頼っている状況は、日本の閉塞感を増加させる原因ではないだろうか。

満員電車でストレスをため、上司の叱責や同僚の昇進にストレスをため、赤提灯で会社や上司の愚痴を言って憂さ晴らしをするサラリーマン像から全然進歩していない。昔はそれでも給与の見返りがあったのだが、今はそうでもない。だとしたら、それ相応の働き方を雇用主が提供しなくても、我々が選択して提案しないといけない。その為に組合があるのだし、能力ある労働者は相応の職場へと移っていくだろう。

そこで、気づく。組合のない派遣や業務委託やパートやアルバイトの方々はどうだろうと。

正社員でないために、団結して雇用主にストを起こす力のない人々が、ああやって混んでいるのはわかっていても出勤せざるを得ないのではないか。固定給ではなく、出勤数や時給でカウントされる給与体系の方々にとっては、現場にいることが給与をもらう手立てだとしたら…。

「休んでもいいよ(給料はでないけど)」
「無理して通勤しないでください(欠勤扱いにします)」

なぜ仕事をしているのか=お金をもらうため、だとすれば、嫌でも出勤している姿勢をみせなければならないのだろう。

また、プロフェッショナルは台風が来るのを見越して、前日に職場近くのホテルに泊まるという。それをするほどの仕事なのか?というのは、ちょっとよく考えてもらいたい。どんな時でもいつもと同じ状態を提供することが、あまりにも当たり前として捉えられていないかと。

日本の電車の品質は海外と比べて脅威的なのに対し、私たちは電車が遅れることについイライラしてしまいがちなのだが、それは職場に時間通りにつかなければ、ある特定のペナルティを課せられる恐怖からではないだろうか?

時間通りに来て、ちょっと多めに働いて帰る。これが仕事として労働としての本質だろうか?

決まった時間に何かを成し得ることに価値がある仕事もあるだろうが、スピードに価値を見出し、それが全ての業種・職種に蔓延して、とうとう当たり前レベルになってきている時代だ。安定した給与と引き換えに、時間ピッタリ人間が欲しいなら、もう全て機械に任せて、私たちはその機械のメンテナンスをしたほうが良いのではなかろうか。そう、コピーロボットを作ればいいのだ。

どうやって作ろうか。